ジョン・リッチ (プロデューサー)

ジョン・リッチ

ジョン・リッチ（John Rich、1692年 - 1761年11月26日）は、18世紀のイギリスで活躍した傑出した劇場経営者であり、自身も役者として舞台に立った人物です。特に、新しい形式の演劇を導入し、当時のロンドン演劇界に大きな影響を与えました。彼の功績として特筆されるのは、パントマイムの発展、ジョン・ゲイのバラッド・オペラ『ベガーズ・オペラ』の歴史的成功、そして今日のロイヤル・オペラ・ハウスの前身となるコヴェント・ガーデン劇場の設立です。

劇場経営の始まり

リッチの父クリストファーも劇場支配人であり、ロンドンのリンカーンズ・イン・フィールズに新たな劇場を建設中でした。しかし、父は劇場の開場を待たずに1714年に死去。建設途上の劇場とその権利は、息子であるジョンとクリストファー・モージャーの兄弟に引き継がれました。同年12月、リンカーンズ・イン・フィールズ劇場はジョージ・ファーカーの『募兵官』で幕を開けます。当時のロンドンにはドルリー・レーン劇場という主要なライバルがあり、二つの劇場は政治的な立場も異なっていました。ドルリー・レーンがホイッグ党寄りであったのに対し、リッチの劇場はトーリー党寄りと見なされていました。

初期のリンカーンズ・イン・フィールズ劇場では、伝統的な演劇も上演されました。1715年にはウィリアム・シェークスピアの『マクベス』を上演。これはリッチにとって初めてのシェークスピア作品のリバイバル上演であり、その後も『ウィンザーの陽気な女房たち』、『尺には尺を』、『空騒ぎ』、『トロイラスとクレシダ』といった作品を手がけています。

パントマイムの革新者

リッチの名を広く知らしめたのは、彼がパイオニアとして取り組んだパントマイム劇でした。1716年に最初の作品『Harlequin Executed』を上演し、自身は「ラン（Lun）」という芸名で主役のハーレクインを演じました。当時のパントマイムは、イタリアのコメディア・デラルテをイギリスの舞台向けに翻案したものでした。同年には、後に著名なダンサーとなる当時9歳のマリー・サレとその兄とも契約を結んでいます。

最初期のパントマイムは必ずしも大きな成功を収めたわけではありませんでしたが、リッチは革新を続けます。1723年に上演された『ユピテルとエウロパ、あるいはハーレクインの陰謀』では、歌を劇の内容に密接に組み込むという新機軸を打ち出しました。同年後半の『ネクロマンサー、あるいはハーレクイン・フォースタス博士』では歌手を増やし、これが大ヒットとなりました。『ネクロマンサー』の成功は、リンカーンズ・イン・フィールズ劇場の財政状況を大幅に改善させました。

『ベガーズ・オペラ』の衝撃

リッチのキャリアにおける最大の転換点の一つは、1728年1月29日に初演したジョン・ゲイ台本のバラッド・オペラ『ベガーズ・オペラ』です。この作品はそれまでのオペラの常識を覆す内容と音楽で、当時のロンドンに社会現象とも言える空前の大ヒットをもたらしました。初演から6月19日まで、異例の62回連続上演を記録しました。ジョン・ゲイの続編『ポリー』は上演禁止となったものの、第3作『アキレス』はリッチによって1733年に上演され、19回の上演を数えています。そして、『ベガーズ・オペラ』自体の人気は衰えることなく、リッチの生前最後の上演（1759-1760年）でさえ53回の上演を記録するほどのロングランとなりました。

『ベガーズ・オペラ』の大成功によって巨万の富を得たリッチは、その資金を投じてコヴェント・ガーデンに新しい劇場を建設しました。これが今日のロイヤル・オペラ・ハウスの起源となるコヴェント・ガーデン劇場です。劇場は1732年12月に開場し、こけら落としにはウィリアム・コングリーヴの喜劇『世の習い』が選ばれました。

1737年には、演劇の事前検閲を定める事前許可制法が施行されましたが、同時にコヴェント・ガーデンとドルリー・レーンという二つの劇場に演劇興業の独占権が付与されました（オペラを除く）。この独占権を得たリッチは、ヘンリー・ケイリー台本、ジョン・ランペ音楽によるバーレスク・オペラ『ウォントリーの竜』を上演し、これもまた『ベガーズ・オペラ』に迫る69回の上演を記録する大ヒットとなりました。

ヘンデルとの関係

『ベガーズ・オペラ』の成功は、当時のイタリア・オペラ界に大きな影響を与え、特にゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルのオペラを上演していた王室音楽アカデミーが1728年に倒産する一因となりました。しかし、興味深いことに、リッチとヘンデルの関係は良好でした。リッチは以前からヘンデルのオペラ・スコアを購入しており、1731年にはリンカーンズ・イン・フィールズ劇場でヘンデルの『エイシスとガラテア』をヘンデルに無断ながら初めて公開上演しています。

1734年、ヘンデルが国王劇場との契約を終え、国王劇場がライバルである貴族オペラに貸し出されると、ヘンデルはリッチのコヴェント・ガーデン劇場を新たな活動拠点としました。1737年までの3年間、ヘンデルはこの劇場でオペラやオラトリオを上演します。リッチ一座のダンサー、特にマリー・サレの存在はヘンデルにとって重要であり、バレエを組み込んだ新しいオペラ『アリオダンテ』や『アルチーナ』を初演し成功を収めました。また、1736年には頌歌『アレクサンダーの饗宴』を上演して成功。1743年以降、ヘンデルがオラトリオに注力するようになると、その大部分もコヴェント・ガーデンで初演されています。

晩年と遺産

ジョン・リッチは1752年に舞台役者から引退しました。私生活では生涯に三度結婚しており、三番目の妻プリシラとの間に生まれた娘シャーロットは、著名なテノール歌手ジョン・ビアードと結婚しています。リッチが1761年に死去すると、娘婿のジョン・ビアードがコヴェント・ガーデン劇場の支配人の地位を引き継ぎました。

リッチは、パントマイムというエンターテインメントの形式を確立し、社会風刺を盛り込んだバラッド・オペラを大ヒットさせ、さらに巨大な劇場を建設してヘンデルのような大作曲家に活躍の場を提供するなど、18世紀前半のイギリス演劇・音楽史において極めて重要な役割を果たしました。彼の革新性と興行手腕は、後世の劇場経営者や演出家たちに大きな影響を与えました。

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