ベガーズ・オペラ

『ベガーズ・オペラ』：イギリス社会を風刺した不朽のバラッド・オペラ

1728年、ジョン・ゲイによって書かれた『ベガーズ・オペラ（乞食オペラ）』は、イギリス演劇史、ひいては世界演劇史においても重要な位置を占める作品です。3幕からなるこのバラッド・オペラは、当時の隆盛を極めていたイタリア風オペラへの痛烈な風刺と、軽快な音楽、そして予測不能なストーリー展開によって、初演からセンセーションを巻き起こしました。

圧倒的な人気とロングラン記録

初演時の記録的なロングラン公演は、62夜にも及びました。これは当時としては異例の長さで、ゲイの成功を決定づけ、続編『ポリー』の執筆にも繋がりました。『ベガーズ・オペラ』の人気の高さは、時代を超えて続きます。1920年にはロンドンのLyric Hammersmith劇場で1463回もの驚異的な上演記録を樹立しました。これは当時の音楽劇における最長記録であり、その人気と影響力の大きさを示す証拠と言えるでしょう。

創作の背景と風刺の対象

『ベガーズ・オペラ』のアイデアの発端は、ジョナサン・スウィフトによる提案と言われています。スウィフトからの手紙がきっかけとなり、ゲイは当初パストラル・オペラを考えていましたが、最終的には風刺劇へと方向転換。作品中には、当時の権力者であるホイッグ党の政治指導者ロバート・ウォルポールや多くの政治家、さらには有名な犯罪者ジョナサン・ワイルドやジャック・シェパードなどが、痛烈に風刺されています。上流階級の嗜好であったイタリアオペラを皮肉る狙いも含まれていました。

音楽と演出

音楽面では、ゲイは69曲もの既存の楽曲を巧みに使用しました。フィドルの曲、バラッド、オペラの旋律などが、辛辣で不遜な歌詞と絶妙に調和しています。初演に際しては、作曲家ヨハン・クリストフ・ペープシュが序曲を作曲し、全曲を編曲しました。しかし、ペープシュによるオリジナル楽譜は一部しか残っておらず、現代では様々な復元版が存在します。

ゲイは、オペラの標準的な3幕構成を採用しながらも、45もの場面を短い歌と台詞でテンポよく展開させることで、観客に驚きと新鮮さを提供しました。当時の歌のない劇が5幕構成であったことを考えると、この構成は非常に斬新だったと言えるでしょう。

多大な影響

『ベガーズ・オペラ』は、イギリスの演劇史に多大な影響を与えました。イタリアオペラの衰退とヘンデルのオラトリオへの転向にも繋がったと言われています。また、イギリス喜劇、19世紀のコミックオペラ、そして現代のミュージカルにも強い影響を与え、その革新的なスタイルは後の世代のクリエイターたちに大きなインスピレーションを与え続けています。

多様な編曲の歴史

オリジナル楽譜が完全には残っていないという事実は、多くのプロデューサーや編曲家に自由を与えました。18世紀から現在まで、バロックからロマン派まで幅広いスタイルで編曲され、フレデリック・オースティン、ベンジャミン・ブリテン、マルコム・サージェントなど多くの著名な作曲家や指揮者が独自の解釈を加え、作品に新たな命を吹き込んでいます。

ストーリーと登場人物

『ベガーズ・オペラ』のストーリーは、悪党たちの喜劇です。善人は一人もおらず、主人公のマクヒースを始め、登場人物たちは皆、大小様々な悪事を働く者たちです。彼らは、18世紀初頭のロンドンを舞台に、愛憎劇、裏切り、そして逮捕と逃亡劇を繰り返します。オペラは、ハッピーエンドで終わるという当時の慣習に従って、やや不自然な形で幕を閉じます。

続編『ポリー』

1729年に書かれた続編『ポリー』では、西インド諸島が舞台となり、マクヒースは海賊となり、ポリーは奴隷売買に巻き込まれるなど、前作以上に大胆な展開を見せています。しかし、政治的な風刺が強かったため、ロバート・ウォルポール首相の圧力により上演禁止となり、50年後まで上演されることはありませんでした。

日本での上演

日本では2006年と2008年に、ジョン・ケアード演出により上演されました。劇中劇の手法を取り入れ、観客参加型の演出が特徴的でした。宝塚歌劇でも1998年に『SPEAKEASY -風の街の純情な悪党たち-』として上演されています。

『ベガーズ・オペラ』は、その時代背景や社会風刺、音楽、そしてストーリー展開など、様々な点において注目に値する傑作です。現在でも世界中で上演され続けており、その魅力は時代を超えて多くの人々を魅了し続けています。

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