ジローラモ・フラカストロの肖像
『ジローラモ・フラカストロの肖像』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1528年頃に制作した油彩画です。この作品は、医学者、人文主義者、詩人として知られるジローラモ・フラカストロの姿を描いており、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。
ジョルジョ・ヴァザーリは1568年に出版した『画家・彫刻家・建築家列伝』の中で、ティツィアーノがフラカストロの肖像画を制作したと述べています。フラカストロは現代病理学の創始者とも称される人物で、1478年にヴェローナで生まれました。パドヴァ大学で医学や論理学を修め、その後ヴェローナの医科大学で要職を歴任。その卓越した医療実践により、1545年にはトリエント公会議の公式医師に任命されるほどの高い名声を得ました。
フラカストロは医学だけでなく、詩人としても才能を発揮しました。1530年に発表した詩『梅毒あるいはフランス病』では、梅毒の起源、性質、治療法について詳細に述べ、この詩に由来する病名が一般的に使用されるようになりました。また、1546年には『病原体と接触伝染病について』を出版し、伝染病の性質や病原体の分類、予防と治療について論じ、チフスの全体像を初めて正確に追跡しました。さらに、フラカストロの研究分野は植物学、天文学、地質学にも及び、多岐にわたる分野で貢献を果たしました。1553年、インカッフィにて生涯を閉じました。
この肖像画では、ティツィアーノは黒いコートを着用したフラカストロを描いています。コートの襟には黒い斑点のあるオオヤマネコの毛皮があしらわれており、首回りと肩を覆っています。フラカストロは黒い帽子を被り、胸の前で腕を組み、肩越しに鑑賞者を見つめています。この肖像画で特に目を引くのは、当時ヴェネツィアの裕福層に人気があったオオヤマネコの毛皮の襟を持つコートです。ティツィアーノは、この毛皮を非常に精巧かつ絵画的に表現しています。オオヤマネコはヨーロッパに生息する種で、その冬毛が使用されています。毛皮の白い部分は腹部にあたり、斑点がより鮮明な薄茶色の部分は背中にあたります。
フラカストロの顔は、当時広く普及していた肖像画と類似している部分があるものの、フラカストロ自身が多忙だったために、肖像画のために長時間座ることができなかったか、あるいは別の図像を参考にした可能性も指摘されています。一説には、フラカストロが自身の所有する素晴らしい毛皮のコートをティツィアーノに預け、それが肖像画の主役になったとも考えられています。
背景には、いくつかの謎めいた建築要素が描かれています。画面左上隅には円形の窓があり、画面右下隅には手袋をはめた右手が配置され、バランスがとられています。また、右下の背景には扉があり、その上には別の暗い窓のようなものが描かれています。
肖像画が美術館に収蔵された当初は、フランチェスコ・トルビドの作品とされていました。その後、ティツィアーノの作品とされたこともありましたが、長らくティツィアーノ後の作品として無視されてきました。しかし、近年の修復によって絵画の表面が鮮明になったことで、ティツィアーノの作品であることが再認識されました。修復後に絵画が収められたサンソヴィーノ様式の額縁は、16世紀後半のものと考えられています。
画面の高さが横幅よりわずかに長いフォーマットは、ティツィアーノの初期の肖像画によく見られる特徴です。モデルのポーズは動的であり、人物像は画面の中央に三角形の形で配置され、モデルの右目が中央の垂直軸の焦点となっています。このポーズや構図の配置は、同じくナショナル・ギャラリーに所蔵されている、1510年頃の肖像画『キルトの袖をつけた男の肖像』と共通しています。また、構図におけるオオヤマネコの毛皮の処理は、特にスカルパ・コレクションに所蔵されている、ティツィアーノの1534年の『ジャン・パオロ・ダ・ポンテの肖像』との関連性が指摘されています。
作品の保存状態は良くありません。以前は、汚れた厚いニスで覆われており、ティツィアーノの作品であることさえ疑われていました。しかし、近年の修復によってニスや後代の塗り直しが除去され、絵画の表面はかなり損傷しているものの、最も保存状態の良い部分にはティツィアーノの巧みな描写が残っていることが明らかになりました。特に、コートの黒い部分の描写はほとんど失われていますが、襟のオオヤマネコの毛皮にはティツィアーノのタッチが顕著に見られます。明るく照らされた毛皮の左端に沿って入っている太いタッチや、袖の縫い目に沿って入っている白い毛皮のタッチは、驚くほど新鮮な状態で残っています。しかし、肌の絵画層は薄く摩耗しており、背景の建築要素もかなりのダメージを受けており、詳細を識別するのは困難です。
来歴については不明な点が多いものの、1824年から1852年にかけてブレシアのテオドーロ・レキ伯爵のコレクションに記録された「有名なフラカストロの肖像」であることはほぼ間違いないと考えられています。レキ伯爵家のコレクションは、ピエトロ・レキ、ファウスティーノ・レキ、そしてテオドーロやその兄弟ジュゼッペ・レキらによって3代にわたって収集されたもので、ラファエロ・サンツィオの『聖母の結婚』なども含まれていました。その後、ドイツ出身の化学者・実業家ルードウィッヒ・モンドの手に渡り、彼のコレクションとともに1924年にナショナル・ギャラリーに遺贈されました。
フラカストロとは
ジョルジョ・ヴァザーリは1568年に出版した『画家・彫刻家・建築家列伝』の中で、ティツィアーノがフラカストロの肖像画を制作したと述べています。フラカストロは現代病理学の創始者とも称される人物で、1478年にヴェローナで生まれました。パドヴァ大学で医学や論理学を修め、その後ヴェローナの医科大学で要職を歴任。その卓越した医療実践により、1545年にはトリエント公会議の公式医師に任命されるほどの高い名声を得ました。
フラカストロは医学だけでなく、詩人としても才能を発揮しました。1530年に発表した詩『梅毒あるいはフランス病』では、梅毒の起源、性質、治療法について詳細に述べ、この詩に由来する病名が一般的に使用されるようになりました。また、1546年には『病原体と接触伝染病について』を出版し、伝染病の性質や病原体の分類、予防と治療について論じ、チフスの全体像を初めて正確に追跡しました。さらに、フラカストロの研究分野は植物学、天文学、地質学にも及び、多岐にわたる分野で貢献を果たしました。1553年、インカッフィにて生涯を閉じました。
作品の特徴
この肖像画では、ティツィアーノは黒いコートを着用したフラカストロを描いています。コートの襟には黒い斑点のあるオオヤマネコの毛皮があしらわれており、首回りと肩を覆っています。フラカストロは黒い帽子を被り、胸の前で腕を組み、肩越しに鑑賞者を見つめています。この肖像画で特に目を引くのは、当時ヴェネツィアの裕福層に人気があったオオヤマネコの毛皮の襟を持つコートです。ティツィアーノは、この毛皮を非常に精巧かつ絵画的に表現しています。オオヤマネコはヨーロッパに生息する種で、その冬毛が使用されています。毛皮の白い部分は腹部にあたり、斑点がより鮮明な薄茶色の部分は背中にあたります。
フラカストロの顔は、当時広く普及していた肖像画と類似している部分があるものの、フラカストロ自身が多忙だったために、肖像画のために長時間座ることができなかったか、あるいは別の図像を参考にした可能性も指摘されています。一説には、フラカストロが自身の所有する素晴らしい毛皮のコートをティツィアーノに預け、それが肖像画の主役になったとも考えられています。
背景には、いくつかの謎めいた建築要素が描かれています。画面左上隅には円形の窓があり、画面右下隅には手袋をはめた右手が配置され、バランスがとられています。また、右下の背景には扉があり、その上には別の暗い窓のようなものが描かれています。
肖像画が美術館に収蔵された当初は、フランチェスコ・トルビドの作品とされていました。その後、ティツィアーノの作品とされたこともありましたが、長らくティツィアーノ後の作品として無視されてきました。しかし、近年の修復によって絵画の表面が鮮明になったことで、ティツィアーノの作品であることが再認識されました。修復後に絵画が収められたサンソヴィーノ様式の額縁は、16世紀後半のものと考えられています。
構図と構成
画面の高さが横幅よりわずかに長いフォーマットは、ティツィアーノの初期の肖像画によく見られる特徴です。モデルのポーズは動的であり、人物像は画面の中央に三角形の形で配置され、モデルの右目が中央の垂直軸の焦点となっています。このポーズや構図の配置は、同じくナショナル・ギャラリーに所蔵されている、1510年頃の肖像画『キルトの袖をつけた男の肖像』と共通しています。また、構図におけるオオヤマネコの毛皮の処理は、特にスカルパ・コレクションに所蔵されている、ティツィアーノの1534年の『ジャン・パオロ・ダ・ポンテの肖像』との関連性が指摘されています。
保存状態と来歴
作品の保存状態は良くありません。以前は、汚れた厚いニスで覆われており、ティツィアーノの作品であることさえ疑われていました。しかし、近年の修復によってニスや後代の塗り直しが除去され、絵画の表面はかなり損傷しているものの、最も保存状態の良い部分にはティツィアーノの巧みな描写が残っていることが明らかになりました。特に、コートの黒い部分の描写はほとんど失われていますが、襟のオオヤマネコの毛皮にはティツィアーノのタッチが顕著に見られます。明るく照らされた毛皮の左端に沿って入っている太いタッチや、袖の縫い目に沿って入っている白い毛皮のタッチは、驚くほど新鮮な状態で残っています。しかし、肌の絵画層は薄く摩耗しており、背景の建築要素もかなりのダメージを受けており、詳細を識別するのは困難です。
来歴については不明な点が多いものの、1824年から1852年にかけてブレシアのテオドーロ・レキ伯爵のコレクションに記録された「有名なフラカストロの肖像」であることはほぼ間違いないと考えられています。レキ伯爵家のコレクションは、ピエトロ・レキ、ファウスティーノ・レキ、そしてテオドーロやその兄弟ジュゼッペ・レキらによって3代にわたって収集されたもので、ラファエロ・サンツィオの『聖母の結婚』なども含まれていました。その後、ドイツ出身の化学者・実業家ルードウィッヒ・モンドの手に渡り、彼のコレクションとともに1924年にナショナル・ギャラリーに遺贈されました。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。