スペクトラム拡散

スペクトラム拡散（SS）とは

スペクトラム拡散（Spread Spectrum, SS）は、通信信号をその本来の帯域幅よりも広い周波数帯域に拡散して伝送する技術です。この技術は、主に無線通信の分野で広く利用されており、「スペクトル拡散」や「周波数拡散」とも呼ばれます。

スペクトラム拡散の主な方式

スペクトラム拡散には、主に以下の二つの方式があります。

1. 周波数ホッピング（Frequency Hopping, FH）
送信側と受信側が、事前に共有した規則に従って、通信に使用する周波数を高速に切り替える方式です。この周波数の切り替えパターンを「ホッピングシーケンス」や「ホッピングパターン」と呼びます。
特定の周波数帯域にノイズが集中した場合でも、高速に周波数を切り替えることで、ノイズの影響を軽減できます。
また、ホッピングシーケンスを知らない第三者による傍受を困難にするため、ある程度の秘匿性も確保できます。
戦術無線機などで広く使用されています。
この技術の基礎的な発明は、女優のヘディ・ラマーと音楽家のジョージ・アンタイルによってなされました。

2. 直接拡散（Direct Sequence, DS）
送信データを「拡散符号」と呼ばれる鍵に基づいて演算し、データ信号をより広い周波数帯域に拡散する方式です。
信号のエネルギーを広い帯域に分散させることで、信号自体の検出を困難にします。
受信側では、送信側と同じ拡散符号を使って信号を復元します。
ノイズに強く、秘匿性が高いという特徴があります。
拡散符号には、自己相関が小さい擬似ランダム雑音（PN）パターンが用いられます。Gold系列や最長系列（M系列）なども使用されます。
拡散された帯域の一部にノイズが集中していても、その影響は分散されるため、ノイズに強い通信が可能です。

スペクトラム拡散の応用

スペクトラム拡散は、当初軍事無線での利用を目的として開発されましたが、現在では様々な分野で応用されています。

無線通信：CDMA方式の携帯電話、無線LAN（Wi-Fi）、無線アクセスなどに利用されています。
クロックジェネレータ：スペクトラム拡散クロックジェネレータ（SSCG）として、クロック信号に意図的にジッターを加え、特定の周波数へのエネルギー集中を緩和し、電波障害（EMI）を軽減するために用いられます。
レーダー：スペクトラム拡散技術を応用することで、従来のレーダーよりも低い送信電力で信号を検出し、装置の小型化、省電力化、長寿命化が可能になります。
画像処理：デジタル画像に情報を多重化するステガノグラフィーに応用されています。

ハイブリッド方式

ハイブリッド方式は、DSとFHを組み合わせた方式で、より高い処理利得を得ることができます。DSの処理を行った後、FHを行うことで、より高い性能を実現します。

同期と遠近問題

スペクトラム拡散技術を適切に利用するためには、送受信間の同期が不可欠です。同期には、初期同期（同期捕捉）と同期維持（同期追跡）の二つの段階があります。

また、SSでは遠近問題と呼ばれる問題があります。複数の送受信局が同じ帯域を使用する場合、送信出力の強い局の近くでは、弱い局の信号が受信できなくなることがあります。この問題は、特にDSで顕著であり、送信出力の制御によって軽減できます。

スペクトラム拡散のメリット

耐ノイズ性：広い帯域に信号を拡散することで、特定の周波数帯域に集中するノイズの影響を受けにくくなります。
秘匿性：信号の拡散によって、第三者による傍受や解読を困難にします。
多元接続：複数の無線局が同一の周波数帯域を共有して通信できます。（CDMA、符号分割多元接続など）

まとめ

スペクトラム拡散は、通信だけでなく、情報変換の一手法としても活用できる非常に汎用性の高い技術です。その応用範囲は広く、今後も様々な分野での発展が期待されます。

参考文献

CQ出版 トランジスタ技術SPECIAL ワイヤレス・データ通信の基礎と応用(SP No.113)
『スペクトラム拡散通信』山内雪路著、1994年東京電機大学出版局　4-501-31720-5

関連項目

デジタル変調
スペクトル
スペクトラム拡散クロックジェネレータ（SSCG）
秘匿通信
ストリーム暗号
ピアノロール
* フェーズドアレイレーダー

もう一度検索