セルローズファイバー

概要

セルローズファイバー（英: Cellulose insulation）は、主に木質繊維を再利用して製造される高性能な断熱材です。その断熱性能は、住宅で一般的に使用されるグラスウール24kから32kグレードに匹敵し、熱伝導率は0.038 W/mk前後と優れた能力を発揮します。環境に配慮したリサイクル素材でありながら、断熱だけでなく、防音、調湿、防火、防虫、防カビといった多岐にわたる機能を持つことから、近年注目されています。

歴史的背景

木質繊維を利用した断熱は、実は古くから様々な形で試みられてきました。かつては綿やおがくず、トウモロコシの芯など、身近な植物由来の素材が使われていたと考えられています。現代のセルローズファイバーの原型は、古新聞などの古紙を細かく裁断し、難燃性を高める処理を施したもので、1950年代に技術が開発されました。その後、1970年代に入ると、アメリカ合衆国で住宅用断熱材として広く普及し始め、現在では同国における住宅用断熱材市場の相当部分を占めるに至っています。

製造工程

セルローズファイバーの主原料となるのは、古新聞やダンボールなどの古紙です。ただし、一般の廃品回収ルートからではなく、印刷所などで発生する市場に流通しなかった余剰品などが利用されることが多いです。これらの古紙原料は、まず専用の機械で細かく裁断され、繊維状にほぐされます。その後、均一に撹拌された繊維に、ホウ酸や硫酸アンモニウムといった無機系の薬剤が添加されます。これらの添加剤は、断熱材に難燃性、防虫性、防カビ性、撥水性といった多様な機能を与えるために不可欠です。

施工方法

セルローズファイバーの施工には、大きく分けて湿式と乾式の二つの方法があります。いずれの方法においても、適切な密度で充填するために専用の吹き込み機が必要となります。どちらの工法も、壁だけでなく床下や天井にも適用可能です。

湿式工法:
この方法では、セルローズファイバーに接着剤と水を混ぜ合わせ、スプレーガンを用いて建物の構造体や壁面に直接吹き付けます。施工自体は比較的短時間で完了しますが、吹き付けた材料が完全に乾燥するまでに1ヶ月以上の期間を要することがあります。また、一度に吹き付けられる厚みには限界があり、日本の伝統的な木造住宅に見られる筋交いなどの複雑な部分への密着充填が難しい場合があります。そのため、日本では鉄筋コンクリート造や鉄骨造などの大規模建築物で採用される事例が多い傾向にあります。ウレタン吹き付けと異なり、余分な部分は削り取って再利用できる利点があります。粉塵の発生はほとんどありませんが、勾配のある天井への施工は不向きです。

乾式工法:
乾式工法では、柱と柱の間や壁の内側に透湿防水シートなどを張り、その空間内部にブロアー（送風機）で乾燥状態のセルローズファイバーを圧力をかけて充填していきます。理論上、充填できる厚みに制限はありませんが、材料が自重で沈下するのを防ぐために、規定された圧力で吹き込むことが非常に重要です。適切に圧力が管理されていれば、長期にわたって沈下は発生しないとされています。さらに、非木質系の繊維を混合することで材料を改質し、長期的な沈下に対する信頼性を高めた製品も開発されています。吹き込み後の密度は非常に高く、およそ60 kg/m³にもなります。施工時に粉塵が舞いやすいという欠点はありますが、勾配天井への施工に適しています。

特徴

セルローズファイバーは、その組成と施工方法に由来する多くの優れた特徴を持っています。

利点

優れた難燃性: 添加されているホウ酸の効果により、高い難燃性を発揮します。ガスバーナーで直接炙っても表面が炭化するだけで炎を上げにくく、不燃材料や準不燃材料として認定されています。
確かな防虫・防カビ効果: ホウ酸は木材を劣化させる木材腐朽菌や、シロアリ、ゴキブリ、ダニなどの害虫に対する忌避効果があります。これにより、建材の保護にも繋がります。
調湿性と透湿性: 水蒸気を適度に透過させる性質に加え、セルローズファイバー自体が湿気を吸放湿する調湿機能を持っています。これにより、壁体内での結露発生を抑制し、建物の耐久性向上に貢献します。
高い防音性能: 断熱性能を発揮するために高密度で施工されるため、材料自体の重量が大きくなります（一般的なグラスウールの3倍以上）。この重量と繊維構造が音を効果的に吸収・遮断し、優れた防音効果を発揮します。例えば、硬質石膏ボード2枚と10cm厚のセルローズファイバーで構成された壁は、約-60 dBの遮音効果を持つとされます。
高い施工性と気密性: 壁のコンセント周りや筋交いの裏側、天井の配管、配線、ダウンライト周りなど、複雑な形状や隙間が多い箇所でも、専用の吹き込み機を使えば繊維が入り込み、隙間なく充填することが可能です。これにより、高い気密性と防音性を同時に確保しやすくなり、気密テープなどの副資材の使用量を削減できる場合もあります。
施工時の安全性: グラスウールやロックウールのように繊維が皮膚を刺激することが少ないため、施工時の身体的な不快感が軽減されます。
防湿層の省略: 適切な施工により結露リスクが低いため、通常必要とされる防湿シートや防湿層を省略できる場合があります。

欠点

コスト: 材料費と施工費を合わせると、一般的なグラスウールやロックウールと比較して、1.2倍程度の費用がかかる傾向にあります。
初期投資と習熟度: セルローズファイバーの施工を新規で始める場合、高価な専用吹き込み機材の導入に初期投資が必要です。また、正確な施工には専門的な技術と知識が求められるため、実技講習などによる習熟が不可欠です。
建物の重量増加: 高密度・重量があるため、特に天井断熱の場合、建物構造にかかる荷重が増加する可能性があります。
リフォーム時の手間: 天井裏に吹き積もらせる場合、既設の屋内配線などが断熱材に埋もれてしまうため、将来的なリフォームやメンテナンス時に配線を探すなどの手間が増えることがあります。
施工時の粉塵: 乾式工法では、施工時に細かいセルローズファイバーの粉末が飛散しやすいため、作業後の清掃に手間がかかることがあります。
沈下リスク: 壁体内への充填が不十分な場合、自重によって断熱材が下がり、上部に隙間ができてしまう可能性があります。ただし、規定された密度で適切に吹き込まれていれば、長期間の沈下は発生しないことが確認されています。
ダウンライトへの配慮: 天井断熱を行う場合、ダウンライトなどの照明器具は、断熱材との接触による過熱を防ぐため、密閉型の製品を使用する必要があります。

現状と展望

セルローズファイバーは米国では住宅用断熱材として高いシェアを誇る一方、日本では専用機材の必要性や施工の手間から、大手ハウスメーカーでの採用は一部に留まっている現状があります。しかし、その多機能性や環境性能から、近年国内でも改めて注目されています。

セルローズファイバーに添加されるホウ酸の安全性について懸念を示す見解も存在しますが、ホウ酸の経口致死量は成人で15〜20gと比較的多く、これは住宅で一般的に使用される他の多くの化学物質（例：ホルマリンの致死量は5〜10g程度）と比較しても毒性が低い部類に入ります。また、半数致死量（LD50）で比較すると、ホウ酸は2000〜4000 mg/kgであり、日常的に摂取する食塩（塩化ナトリウム）とほぼ同程度か、やや少ない数値です。さらに、ホウ酸は蒸気圧が非常に低く、空気中に揮発して吸入される心配も極めて少ないため、添加量は適切に管理されており、一般的に安全性に問題はないと考えられています。

過去には、一部の悪質な業者が規定量を守らず施工したために、壁内の断熱材が沈下するという問題が発生した事例も報告されています。これはセルローズファイバーそのものの性能の問題ではなく、施工不良に起因するものです。現在は、正確な施工法の普及や技術指導の強化が進んでいます。

近年では、従来の吹き込み型だけでなく、シート状やマット状に加工されたセルローズファイバー製品も開発されています。これにより、専用機材を使わずに施工できるようになったり、施工時の粉塵問題を軽減したりと、欠点を克服した製品が登場しており、今後の普及が期待されています。
普及拡大が期待されています。

もう一度検索