タックスマン

ビートルズの楽曲「タックスマン」は、主にジョージ・ハリスンによって作詞作曲され、ジョン・レノンもその制作に協力した一曲です。この曲は、当時のイギリス政府による富裕層への非常に高い税率に対する率直な抗議として生まれました。結果として、本作はビートルズにとって初めての明確な政治的声明を含む楽曲となりました。

制作背景

楽曲が生まれた背景には、1964年から1970年までの労働党・ハロルド・ウィルソン政権下における社会状況があります。政府は充実した社会保障制度を維持するため、富裕層に対し最大で95パーセントという極めて高い税率を課していました。ビートルズは当時のイギリスを代表する成功者であり、多大な収益を上げていましたが、そのほとんどが税金として徴収される現実を目の当たりにしていました。

ジョージ・ハリスンは、ロンドンの会計事務所からメンバーの経済状況について「あなた方のうちお二人は破産寸前で、あとのお二方は間もなく破産する可能性がある」と告げられたことで、この税金問題が切迫したものであることを痛感しました。彼は自伝『I・ME・MINE』の中で、「お金を稼げるようになったが、そのほとんどに課税されるということに気づいたんだ。それで『タックスマン』を書いた」と、楽曲制作の動機を率直に語っています。

歌詞中の「There's one for you, nineteen for me」というフレーズは、当時のイギリスで1ポンドが20シリングであったことから、所得のうち1/20（5%）しか手元に残らないという、極めて重い課税を端的に表現したものです。ジョン・レノンは、ハリスンが作詞に行き詰まった際に協力を求められ、一部の歌詞を手がけたことを後に明かしています。

楽曲には、当時の首相である労働党のハロルド・ウィルソンと、最大野党・保守党の党首であったエドワード・ヒースの両方の名前が登場します。これは、特定の政党だけを非難するのではなく、税金という問題そのものに対する抗議としての側面を強めるための、政治的なバランス感覚の表れと言えるでしょう。

レコーディング

「タックスマン」のレコーディングは、1966年4月にロンドンのEMIレコーディング・スタジオ（現アビイ・ロード・スタジオ）で開始されました。最初のセッションで録音されたテイクは破棄され、翌日に改めて録音が行われました。基本的な演奏パートとして、ハリスンのディストーションを効かせたリズムギター、ポール・マッカートニーのベース、リンゴ・スターのドラムが録音されました。これに続いて、ハリスンのリードボーカル、レノンとマッカートニーによるバッキングボーカル、そしてマッカートニーによるリードギターソロがオーバーダビングされました。

特に、マッカートニーが演奏したリードギターソロは、インド音楽を彷彿とさせる独特のフレーズが特徴的です。ハリスンはこのソロについて、「ポールに弾いてもらった。ポールは僕に合うようにとインド風のフレーズを弾いてくれたよ」と語っており、メンバー間の緊密な連携を示すエピソードとなっています。初期のテイクには、コーラス部分で「誰か少しカネ持ってない？」というフレーズが含まれていましたが、最終的に「Haha, Mr. Willson」「Haha, Mr. Heath」という政治家名を挙げたフレーズに置き換えられ、より直接的な批判の色合いが濃くなりました。楽曲の冒頭に入る印象的なカウントは、5月に追加されています。

楽曲の構成と評価

「タックスマン」はDメジャーをキーとし、4分の4拍子で構成されています。曲はカウントと咳払いに続き、後方から聞こえるカウントで始まります。作家のスティーブ・ターナーは、政治家への言及や「バットマンのテーマ」からの影響を指摘し、「スマートで小さなポップアート・ソング」と評しています。ポール・マッカートニーのベースラインは、モータウンのベーシスト、ジェームス・ジェマーソンのスタイルを模倣したとも言われています。

楽曲は、1966年8月5日に発売されたビートルズの7作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『リボルバー』のオープニング・トラックとして収録されました。レノン＝マッカートニー以外の作品がアルバムの冒頭を飾るのはこれが初めてであり、本作の持つ重要性がうかがえます。アルバム『リボルバー』には、本作の他にもジョージ・ハリスンによる楽曲が複数収録されています。本作の冒頭のカウントインは、デビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』のオープニング曲「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」のカウントインと対比されることもあります。

発売後、本作は評論家から高く評価されました。『ヴィレッジ・ヴォイス』誌のリチャード・ゴールドスタインは、本作をハリスンがイギリスの経済問題に言及した例として挙げ、政治家両名の名前を挙げることで非党派的な立場を示していると評価しました。イアン・マクドナルドは、ハリスンを作曲家として認めさせる一曲とし、マッカートニーのベースとギターソロを高く評価しています。

「タックスマン」は、後進のアーティストにも大きな影響を与えました。イギリスにおけるサイケデリック・ミュージックやモッズの発展に繋がった例として挙げられ、そのリフやアグレッシブなサウンドは、パンク・ロックの前身の一つとも見なされています。音楽雑誌のランキングでも、モジョ誌の「101 Greatest Beatles Songs」で48位、ローリング・ストーン誌の「100 Greatest Beatles Songs」で55位、ギター・ワールド誌の「The Beatles' 50 Greatest Guitar Moments」で3位にランクインするなど、高い評価を維持しています。

その後の演奏と影響

ビートルズは『リボルバー』収録楽曲をコンサートで演奏しない方針だったこと、そして1966年8月をもってコンサート活動を終えたことから、活動期に「タックスマン」がライブで演奏されることはありませんでした。しかし、ジョージ・ハリスンはソロ活動においてこの曲をたびたび披露しており、特に1991年にエリック・クラプトンと行った日本ツアーでの演奏が知られています。この時の演奏では、歌詞の一部が当時の政治家（メージャー英首相、ブッシュ米大統領）の名前に変更されるなど、時代に合わせてアップデートされていました。

本作は多くのアーティストに影響を与え、様々な形で受け継がれています。チープ・トリックの「タックスマン、ミスター・シーフ」や、ザ・ジャムの「スタート!」は、本作のリフやリズムからの影響が指摘されています。ハリスンの没後に開催された追悼コンサート『コンサート・フォー・ジョージ』では、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズによって演奏されました。また、シルク・ドゥ・ソレイユのショー『LOVE』のサウンドトラックでは、他の楽曲とマッシュアップされる形で本作のギターソロが使用されています。パロディソングも生まれ、アル・ヤンコビックによるゲーム「パックマン」を題材にした「Pac-Man」や、ビータリカによるメタリカの「エンター・サンドマン」とのマッシュアップ「サンドマン」などがあります。日本でも、高橋幸宏がアルバム『Mr. Y.T.』でカバーしています。

クレジット

参加ミュージシャンは以下の通りです。

ジョージ・ハリスン - リード・ボーカル、リードギター
ジョン・レノン - バッキング・ボーカル、リズムギター
ポール・マッカートニー - バッキング・ボーカル、ベース、リードギター
リンゴ・スター - ドラム、カウベル、タンバリン

「タックスマン」は、単なる税金への不満を歌った楽曲にとどまらず、ビートルズが社会や政治に対するメッセージを発信し始めた重要な転換点を示す作品であり、その音楽的な革新性も含め、今日まで高く評価され続けています。

もう一度検索