タッド・リンカーン

トーマス・リンカーン3世（タッド・リンカーン）

トーマス・リンカーン3世（Thomas "Tad" Lincoln III, 1853年4月4日 - 1871年7月15日）は、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンとその妻メアリー・トッド・リンカーン夫妻の間に生まれた四男、末息子です。18歳という若さでこの世を去りました。

幼い頃から「タッド」という愛称で呼ばれました。これは、小さな体で落ち着きなくちょこまか動き回る様子がオタマジャクシ（tadpole）を思わせることから、父エイブラハムによって名付けられたと言われています。非常に率直で天真爛漫な性格で、その奔放な振る舞いを示す多くの逸話が残されています。

トーマスは1853年4月4日、イリノイ州スプリングフィールドで誕生しました。彼にはロバート、エディ、ウィリーという三人の兄がいました。父方の祖父トーマス・リンカーンと叔父トーマス・リンカーン・ジュニアにちなんで名付けられましたが、すぐに「タッド」という愛称が定着しました。時折、名前が誤って「タデウス（Thaddeus）」と記録されることもありました。

タッドは生まれつき口唇口蓋裂を抱えており、生涯を通じて発話に困難がありました。言葉が不明瞭で早口であったため、親しい人々でなければ彼の言葉を理解するのは容易ではなかったと言われています。例えば、父のボディーガードであるウィリアム・H・クルックを「トゥック」、父を「パパ・デイ」と呼んでいたそうです。口蓋裂の影響で歯並びも悪く、咀嚼が困難だったため、食事には特別な配慮が必要でした。

スプリングフィールドで暮らしていた頃、タッドと年の近い兄ウィリーは非常に活発ないたずらっ子として知られていました。父エイブラハムの法律事務所の共同経営者であったウィリアム・ハーンドンは、エイブラハムが子供たちが事務所の本棚から本を引きずり下ろし、室内をひっかきまわしているのに気づいていない様子だったと記しています。

ホワイトハウスでの生活

1860年、父エイブラハムがアメリカ合衆国大統領に当選すると、一家はホワイトハウスへと移り住みました。ホワイトハウスはウィリーとタッドにとって新たな格好の遊び場となりました。メアリー夫人のはからいで、タフト家の子供たち、ジュリアとその弟バド、ホリーがホワイトハウスに招かれ、ウィリーとタッドの遊び相手となりました。ちなみに、このタフト家の長兄チャールズ・サビン・タフトは医師であり、後に父エイブラハムがフォード劇場で狙撃された際に、偶然居合わせて救命処置を試みた医師の一人となりました。

1862年2月、リンカーン家の少年たちは二人とも腸チフスにかかり、重篤な状態に陥りました。タッドは回復しましたが、兄ウィリーは病に倒れ、同年2月20日に亡くなりました。ウィリーの死は両親に深い悲しみをもたらし、それ以後、両親は残されたタッドを以前にも増して甘やかすようになりました。

父が大統領であった期間、タッドは衝動的でわがままな一面を見せることがあり、正規の学校には通いませんでした。ジョン・ヘイは、ホワイトハウスでタッドの家庭教師を務めた多くの人々が、その教育に根を上げ、失意のうちに辞職したと書き残しています。タッドはホワイトハウス内を自由に走り回り、時には父の重要な会議に突然姿を現して場を和ませたり、可愛がっていた動物たちを集めたり、父に会いに来た訪問客に無邪気に話しかけたりするなど、自由奔放なエピソードに事欠きませんでした。エイブラハムはそんなタッドを深く愛し、公務の合間にタッドと過ごす時間を大切にしました。

父の暗殺とその後

1865年4月14日夜、両親がフォード劇場で観劇していた間、タッドは別のグローバー劇場で芝居を観ていました。その夜、父エイブラハムはフォード劇場でジョン・ウィルクス・ブースに銃撃され、致命傷を負います。この悲劇の知らせはグローバー劇場にも届き、劇場管理者が観客に向けて発表を行いました。タッドは激しく動揺し、「やつらがパパを殺した！やつらがパパを殺したんだ！」と叫びながら走り回ったといいます。母メアリーは、瀕死の夫の傍らで「タッドを連れてきてください。あんなにタッドを可愛がっていたのですから、きっと言葉を交わしてくれるでしょう」と懇願しましたが、タッドは父の最期に立ち会うことは叶わず、護衛されてホワイトハウスに戻されました。その夜遅く、ホワイトハウスのドアマンによって、悲しみに沈むタッドはベッドに寝かしつけられました。エイブラハム・リンカーンは翌朝、4月15日午前7時22分に息を引き取りました。タッドは父の死について、後に胸の内を語っています。

父の暗殺後、母メアリー、兄ロバート、そしてタッドの三人はシカゴに移り、一緒に暮らしました。その後、ロバートは独立し、タッドはようやく学校に通い始めました。1868年には、メアリーとタッドはシカゴを離れ、約三年間ドイツやイングランドなどヨーロッパ各地を転々としながら暮らしました。この海外滞在の背景には、ウィリーの死後、心を病んだ母メアリーの浪費癖による借金問題があったと言われています。彼女は窮状を訴え、これに同情した連邦議会が1870年に終身年金の支給を決定しました。メアリーとタッドは、年金受給が決まった後の1871年4月にアメリカへ帰国しました。

タッドは口唇口蓋裂による発話障害に苦しんでおり、これは現代の専門家からは複雑性言語障害と呼ばれています。シカゴの学校では、この障害のためにクラスメートから「どもりのタッド」などと呼ばれてからかわれた時期もありましたが、思春期を迎える頃にはこの困難を克服することができました。

若すぎる死

帰国からわずか数ヶ月後の1871年7月15日土曜日の朝、タッドはシカゴのクリフトンハウスホテルに滞在中、病のため死去しました。まだ18歳でした。正確な死因については、結核、胸膜炎の発作、肺炎など諸説があり、特定されていません。死亡記事では、父の個人秘書であったジョン・ヘイが愛情を込めて「リトル・タッド」と呼び、その死を悼みました。

タッドの葬儀は、シカゴにある兄ロバートの自宅で執り行われました。その後、その遺体は父と先に亡くなった兄たち、エディとウィリーが眠る故郷スプリングフィールドへ運ばれました。オークリッジ墓地にあるリンカーンの墓所に、父や兄たちの隣に埋葬されました。兄ロバートは列車の棺に寄り添って同行しましたが、母メアリーは息子の死にあまりにも打ちのめされており、スプリングフィールドまでの旅に耐えられなかったと言われています。

タッド・リンカーンの短い生涯は、ホワイトハウスという特別な環境での奔放な少年時代、父からの深い愛情、そして若すぎる死という、波乱と悲劇に満ちたものでした。しかし、困難な言語障害を克服し、父の死後も母を支えようとした彼の姿は、リンカーン家の歴史において忘れられない存在として記憶されています。

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