タルクィニウスとルクレティア
『タルクィニウスとルクレティア』は、ルネサンス期のヴェネツィア派巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1571年に完成させた油彩画です。この作品は、古代ローマの伝説に登場する女性ルクレティアを主題としており、スペイン国王フェリペ2世の注文によって制作されました。ティツィアーノの晩年の傑作の一つであり、彼の署名があることから、彼自身の手によって完成まで仕上げられたと考えられています。現在、この作品はケンブリッジ大学付属のフィッツウィリアム美術館に所蔵されています。
この絵画が描いているのは、セクストゥス・タルクィニウスによるルクレティアへの強姦と、その後の彼女の自殺という、初期ローマの伝説的な物語の一場面です。ルクレティアは、タルクィニウスの誘いを拒否した後に殺害を脅され、強姦されました。ティツィアーノは、この暴力的な瞬間を捉えています。翌日、ルクレティアは夫にタルクィニウスの罪を告白した後、自殺しました。この事件は、ローマ市民の反乱を引き起こし、タルクィニウスの父であるローマ最後の王タルクィニウス・スペルブスを打倒し、共和政ローマの樹立につながったとされています。この出来事は、伝統的に紀元前509年に起こったと考えられています。
この主題の持つ暴力性は、晩年のティツィアーノの特徴であり、彼の作品の多くが古代神話や宗教に由来する中で、この作品の構図の率直さは際立っています。
この作品は、ルクレティアが強姦される瞬間、または自殺する瞬間を、彼女一人ではなく、タルクィニウスと共に対峙する形で描いています。ティツィアーノは、1568年の手紙の中で、この作品を「長年にわたって生み出してきたどの作品よりも大きな労苦と創意を伴う発明」と評しており、その言葉通り、画面の隅々まで画家の情熱が注ぎ込まれています。ほぼ等身大で描かれた人物像のドラマ性は、短剣の先端とタルクィニウスとルクレティアの目に施された純粋な白色の小さなタッチによって高められています。
ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』では、タルクィニウスはルクレティアに従わなければ、彼女と奴隷を殺し、姦通の最中であった彼らを捕まえたと主張すると脅迫したとされていますが、ティツィアーノの描く暴力的な攻撃の描写は、むしろオウィディウスの『祭暦』に近いです。ルクレティアは、宝飾品を身に着けたまま横たわっており、タルクィニウスは当時の最新かつ豪華な服装をまとっています。ティツィアーノは、画面右下の上履きの上に署名を書き入れています。絵画はすべての面が切断されていますが、切断された時期や、どの程度切断されたかは不明です。
この主題は、スザンナ、ディード、ウェルギニアのような、非力であるか、自殺することでしか苦難から逃れることができなかった、古代の伝説や聖書に由来する女性を示すグループの一つであり、女性の男性に対する暴力、または男性支配を示す「女の力」というテーマの一端を担っています。これらの主題は、しばしば同じ画家によって繰り返し描かれ、北方ルネサンス美術で特に人気がありました。
ティツィアーノの新しい構図は、北方の版画の影響を示しており、1571年にコルネリス・コルトによって版画化され、広く普及しました。この版画はティツィアーノの構図を逆転させていますが、別のローマで出版された版画が元の図像を復元しました。人物像の正確なポーズには先例があり、ルクレティアは『ファルネーゼの雄牛』として知られる古代ローマの彫刻の女性像ディルケから着想を得ている可能性があります。
X線写真や工房作の絵画から、ティツィアーノが構図を徐々に発展させたことがわかります。初期の構図では、短剣を持つ手がより低い位置で描かれ、ルクレティアの頭部はタルクィニウスから顔を背けていました。現在ウィーン美術アカデミーに所蔵されている未完成の習作には、手を上げたタルクィニウスが描かれています。この習作をティツィアーノの作品と信じる研究者もいますが、他の研究者は助手または模倣者の作品である可能性が高いと考えています。
この作品は、スペイン国王フェリペ2世の依頼で制作され、1571年8月までにスペイン大使を通じてコレクションに加えられました。ティツィアーノの手紙によれば、当初のタイトルは『タルクィニウスに犯されたローマのルクレティア』でした。1813年にナポレオンがスペインの王位を失った後、ナポレオンの兄ジョセフ・ボナパルトによってフランスに持ち込まれました。その後、ジョセフ・ボナパルトとともにアメリカ合衆国に渡り、1844年の彼の死後、1845年にロンドンで売却されました。数人の所有者の手を経て、1918年に美術コレクターで画家でもあったチャールズ・フェアファックス・マレーによってフィッツウィリアム美術館に寄贈されました。この作品は、その衝撃的な力強さから、美術市場にしばしば登場し、計6回売却されました。
ティツィアーノまたは弟のフランチェスコ・ヴェチェッリオは、この作品の約50年前に、自殺するルクレティアを「風景の中の優雅なダンスの動き」のように描いた作品（ロイヤル・コレクション所蔵）も存在します。また、ティツィアーノまたはパルマ・イル・ヴェッキオは、短剣を持ったルクレティアの肖像画を描いていますが、彼女のすぐ背後にタルクィニウスか夫のどちらかを指す男性像を追加しています。これは1514年から1515年に制作され、現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。
Sydney Joseph Freedberg, Painting in Italy, 1500–1600, 3rd edn. 1993, Yale, ISBN 0300055870
David Jaffé (ed), Titian, The National Gallery Company/Yale, London 2003, ISBN 1857099036
Jane Martineau (ed), The Genius of Venice, 1500–1600, 1983, Royal Academy of Arts, London
David Rosand, Painting in Sixteenth-Century Venice: Titian, Veronese, Tintoretto, 2nd ed 1997, Cambridge UP ISBN 0521565685
H Diane Russell (ed), Eva/Ave; Women in Renaissance and Baroque Prints, National Gallery of Art, Washington, 1990, ISBN 1558610391
John Steer, Venetian painting: A concise history, 1970, London: Thames and Hudson (World of Art), ISBN 0500201013
Patricia Tyson Stroud, The Man Who Had Been King: The American Exile of Napoleon's Brother Joseph, 2014, University of Pennsylvania Press, ISBN 0812290429, 9780812290424
リウィウス 著、岩谷智 訳『ローマ建国以来の歴史 1. 伝承から歴史へ（1）』京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2008年。ISBN 978-4876981793
* フィッツウィリアム美術館公式サイト、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『タルクィニウスとルクレティア』
物語の背景
この絵画が描いているのは、セクストゥス・タルクィニウスによるルクレティアへの強姦と、その後の彼女の自殺という、初期ローマの伝説的な物語の一場面です。ルクレティアは、タルクィニウスの誘いを拒否した後に殺害を脅され、強姦されました。ティツィアーノは、この暴力的な瞬間を捉えています。翌日、ルクレティアは夫にタルクィニウスの罪を告白した後、自殺しました。この事件は、ローマ市民の反乱を引き起こし、タルクィニウスの父であるローマ最後の王タルクィニウス・スペルブスを打倒し、共和政ローマの樹立につながったとされています。この出来事は、伝統的に紀元前509年に起こったと考えられています。
この主題の持つ暴力性は、晩年のティツィアーノの特徴であり、彼の作品の多くが古代神話や宗教に由来する中で、この作品の構図の率直さは際立っています。
構図と表現
この作品は、ルクレティアが強姦される瞬間、または自殺する瞬間を、彼女一人ではなく、タルクィニウスと共に対峙する形で描いています。ティツィアーノは、1568年の手紙の中で、この作品を「長年にわたって生み出してきたどの作品よりも大きな労苦と創意を伴う発明」と評しており、その言葉通り、画面の隅々まで画家の情熱が注ぎ込まれています。ほぼ等身大で描かれた人物像のドラマ性は、短剣の先端とタルクィニウスとルクレティアの目に施された純粋な白色の小さなタッチによって高められています。
ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』では、タルクィニウスはルクレティアに従わなければ、彼女と奴隷を殺し、姦通の最中であった彼らを捕まえたと主張すると脅迫したとされていますが、ティツィアーノの描く暴力的な攻撃の描写は、むしろオウィディウスの『祭暦』に近いです。ルクレティアは、宝飾品を身に着けたまま横たわっており、タルクィニウスは当時の最新かつ豪華な服装をまとっています。ティツィアーノは、画面右下の上履きの上に署名を書き入れています。絵画はすべての面が切断されていますが、切断された時期や、どの程度切断されたかは不明です。
この主題は、スザンナ、ディード、ウェルギニアのような、非力であるか、自殺することでしか苦難から逃れることができなかった、古代の伝説や聖書に由来する女性を示すグループの一つであり、女性の男性に対する暴力、または男性支配を示す「女の力」というテーマの一端を担っています。これらの主題は、しばしば同じ画家によって繰り返し描かれ、北方ルネサンス美術で特に人気がありました。
作品の影響と変遷
ティツィアーノの新しい構図は、北方の版画の影響を示しており、1571年にコルネリス・コルトによって版画化され、広く普及しました。この版画はティツィアーノの構図を逆転させていますが、別のローマで出版された版画が元の図像を復元しました。人物像の正確なポーズには先例があり、ルクレティアは『ファルネーゼの雄牛』として知られる古代ローマの彫刻の女性像ディルケから着想を得ている可能性があります。
X線写真や工房作の絵画から、ティツィアーノが構図を徐々に発展させたことがわかります。初期の構図では、短剣を持つ手がより低い位置で描かれ、ルクレティアの頭部はタルクィニウスから顔を背けていました。現在ウィーン美術アカデミーに所蔵されている未完成の習作には、手を上げたタルクィニウスが描かれています。この習作をティツィアーノの作品と信じる研究者もいますが、他の研究者は助手または模倣者の作品である可能性が高いと考えています。
来歴
この作品は、スペイン国王フェリペ2世の依頼で制作され、1571年8月までにスペイン大使を通じてコレクションに加えられました。ティツィアーノの手紙によれば、当初のタイトルは『タルクィニウスに犯されたローマのルクレティア』でした。1813年にナポレオンがスペインの王位を失った後、ナポレオンの兄ジョセフ・ボナパルトによってフランスに持ち込まれました。その後、ジョセフ・ボナパルトとともにアメリカ合衆国に渡り、1844年の彼の死後、1845年にロンドンで売却されました。数人の所有者の手を経て、1918年に美術コレクターで画家でもあったチャールズ・フェアファックス・マレーによってフィッツウィリアム美術館に寄贈されました。この作品は、その衝撃的な力強さから、美術市場にしばしば登場し、計6回売却されました。
その他のバージョン
ティツィアーノまたは弟のフランチェスコ・ヴェチェッリオは、この作品の約50年前に、自殺するルクレティアを「風景の中の優雅なダンスの動き」のように描いた作品（ロイヤル・コレクション所蔵）も存在します。また、ティツィアーノまたはパルマ・イル・ヴェッキオは、短剣を持ったルクレティアの肖像画を描いていますが、彼女のすぐ背後にタルクィニウスか夫のどちらかを指す男性像を追加しています。これは1514年から1515年に制作され、現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。
参考文献
Sydney Joseph Freedberg, Painting in Italy, 1500–1600, 3rd edn. 1993, Yale, ISBN 0300055870
David Jaffé (ed), Titian, The National Gallery Company/Yale, London 2003, ISBN 1857099036
Jane Martineau (ed), The Genius of Venice, 1500–1600, 1983, Royal Academy of Arts, London
David Rosand, Painting in Sixteenth-Century Venice: Titian, Veronese, Tintoretto, 2nd ed 1997, Cambridge UP ISBN 0521565685
H Diane Russell (ed), Eva/Ave; Women in Renaissance and Baroque Prints, National Gallery of Art, Washington, 1990, ISBN 1558610391
John Steer, Venetian painting: A concise history, 1970, London: Thames and Hudson (World of Art), ISBN 0500201013
Patricia Tyson Stroud, The Man Who Had Been King: The American Exile of Napoleon's Brother Joseph, 2014, University of Pennsylvania Press, ISBN 0812290429, 9780812290424
リウィウス 著、岩谷智 訳『ローマ建国以来の歴史 1. 伝承から歴史へ（1）』京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2008年。ISBN 978-4876981793
外部リンク
* フィッツウィリアム美術館公式サイト、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『タルクィニウスとルクレティア』
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。