ダニ室

ダニ室（だにしつ）とは、多様な植物の葉、特にその裏側に形成される特徴的な構造を指します。この微小な空間は、葉の組織がくぼんで開いた穴や、葉脈の縁が突出してできたポケット、あるいは特定の場所に密生した毛の束など、いくつかの異なる形態をとります。その名前は、しばしば内部にダニが見られることに由来しています。

ダニ室は、虫や菌の刺激によって植物の形態が変化してできる虫こぶとは異なり、植物が正常な発生過程で作り出す、元来の構造の一部であると考えられています。つまり、ダニなどの外部要因によって後から形成されるものではなく、植物自身があらかじめ作り出す構造です。

英語では「domatium（複数形: domatia）」と呼ばれ、「小さな家」を意味するギリシャ語に由来します。この言葉は、宿主植物にとって有益な生物が住むための構造全般を指すことがあり、アリが住む空間を作るアリ植物の構造も含まれます。ダニが住むためのものとしては、「acarodomatium」という語もありますが、「leaf domatia」という表現が一般的に用いられます。
日本語では「ダニ部屋」という言葉が使われることもありますが、これは主に俗称として扱われます。

存在意義と共生説

植物は葉を食害する小動物など、さまざまな外敵に常に晒されています。これに対抗するため、植物は毒性物質を生成するなど直接的な防御策のほか、間接的な防御策として、害敵の天敵を誘引・定着させる戦略をとることがあります。
よく知られる例としては、葉などに花外蜜腺（かがいみつせん）を持ち、これによってアリを誘引して害虫から身を守るというものや、アリが巣として利用できる空間を体内に作る「アリ植物」の例があります。

ダニ室もまた、このような間接的な防御戦略の一部であると考えられています。葉を加害するハダニやフシダニといった微小なダニ類には、それらを捕食する肉食性のダニ類や、植物に病害をもたらす可能性のある菌類を食べる菌食性のダニ類が存在します。
ダニ室は、こうした捕食性や菌食性のダニにとって、乾燥や天敵から身を守り、産卵や脱皮を行うための隠れ家として機能すると推測されています。ダニがダニ室を拠点として葉の上に常駐することで、植物は害虫や病原菌を抑制してもらうという利益を得られる、という双利共生（そうりきょうせい）の関係が提唱されています。

研究の現状と異論

しかし、ダニ室の機能や意義については、まだ不明な点が多く、提唱されている共生説に対しても様々な異論が存在します。

初期には、ダニ室でダニが脱皮した物質から植物が養分を得るという説も提唱されましたが、ダニ室に養分吸収の構造がないことなどから否定されています。また、かつては気孔を乾燥から守る構造だったが機能を失った、バクテリアとの共生、ガス交換に関わる、といった説も提唱されましたが、これらも現在はほとんど否定されています。

共生説そのものに対しても、ダニ室とされる構造に必ずしもダニが見られない例があることなどから疑問が呈されてきました。また、ダニ室が虫こぶの一種ではないかとする説もかつてありましたが、ダニを排除しても植物がダニ室を形成することが示されたことで否定されています。ただし、構造が虫こぶと紛らわしい例も確かに存在します。

実証的な研究は比較的最近になって始まりました。ダニ室に生息するダニを調べた研究では、捕食性や菌食性のダニが優占していることが示されています。また、ダニ室を持つ葉では捕食性ダニの密度が高くなることや、人工的にダニ室を塞ぐと捕食性ダニの密度が低下するといった実験結果も報告されており、共生説を支持する証拠が集まりつつあります。

一方で、共生説に反する結果も報告されています。例えば、アラビカコーヒーノキにおける実験では、ダニ室を塞いでもダニの集団量や葉の被害程度に変化が見られず、この植物種においては双利共生関係が存在しない可能性が示唆されています。このように、全ての植物種で同じ機能を持っているとは限らず、ダニ室の機能は多様である可能性が指摘されています。

クスノキの例

ダニ室の複雑さを示す例として、クスノキの研究があります。クスノキのダニ室には、捕食性のダニだけでなく、葉を加害する植食性のフシダニも生息することが知られています。ある研究では、クスノキのダニ室が、捕食性ダニの隠れ家となり、別のフシダニによる虫こぶの被害を抑制するという従来の共生説を支持する機能を持つことを示唆しました。

しかし、この研究ではさらに、ダニ室が捕食性ダニの餌となる特定の植食性フシダニの隠れ家としても機能し、ここで増殖したフシダニが捕食性ダニの定着を促し、結果的により被害の大きい別のフシダニ（虫こぶを作る種）を抑制するという、植食性ダニを「餌」として利用するという新たな機能の可能性も提示しました。これは、植物が一部の害虫を犠牲にして天敵を維持するという、より複雑な双利共生の関係を示唆しています。

ただし、植物が自ら害を与える可能性のあるダニを増殖させる構造を作るという点については異論もあり、クスノキのダニ室は秋に閉じ込められて冬越しできなくなったダニを春の落葉と共に排除する「排除器官」であるという解釈も提唱されるなど、一つの植物種内でも機能に関する議論が続いています。

ダニ以外の生物との関わり

ダニ室と名付けられていますが、ダニ以外の生物との共生に関わる可能性も指摘されています。例えば、ワタのダニ室に関する研究では、ダニ室が存在することで密度が高まるのは、ダニではなくカメムシやアザミウマといったワタの害虫の有力な捕食者であることが示されました。これらの昆虫はダニ室を隠れ家や産卵場所として利用し、ワタはこれら捕食者の働きによってハダニやアブラムシなどの害虫から守られるという、昆虫との共生の可能性が示されています。

ダニ室を持つ植物

ダニ室は主に双子葉植物、特に樹木や蔓植物に見られます。草本植物や単子葉植物での報告例は確認されていません。ダニ室を持つ植物の分類群は非常に広範囲に及び、多くの科に渡って見られます。日本でもブナ、クヌギ、ケヤキ、クスノキ、イロハモミジ、エゴノキ、クチナシ、サンゴジュなど、身近な樹木を含む100種以上の植物でダニ室の存在が確認されています。
地理的にも広く分布しており、特に湿潤な熱帯から亜熱帯地域に多いですが、冷涼な地域でも見られます。ただし、常に乾燥している地域の植物からは発見されていません。

どのようなタイプのダニ室を作るかは種によって異なりますが、必ずしも上位の分類群に共通する特徴とは限りません。同じ属内でも異なるタイプのダニ室を持つ種が存在し、この形質が植物の系統樹上で散発的に出現した可能性が考えられています。

ダニ室の研究は、その名前からもわかるように動物学者によって進められてきた歴史があります。そのためか、植物学分野での扱いは比較的薄く、例えば植物図鑑などで詳細な解説が掲載されることは少ないのが現状です。アリ植物と比較すると、植物学の教科書や事典での記述量には大きな開きがあります。

まとめ

ダニ室は、植物の葉裏に形成される微細で多様な構造であり、主にダニなどの小動物の隠れ家となると考えられています。植物とダニとの間の双利共生関係を示唆する有力な証拠が集まる一方で、全てのダニ室が同じ機能を持つわけではなく、特定の植物種では複雑な相互作用が起きていることや、ダニ以外の生物が関与する例も見つかっています。
その機能や適応的な意義については、未解明な点が依然として多く、今後のさらなる研究が待たれます。特に、宿主となる植物側の生理・生態への影響を定量的に評価することや、多様な環境・植物種におけるダニ室の役割を比較検討することが、全容解明に向けた重要な課題となっています。

参考文献

西田佐知子（2004）「葉上の小器官「ダニ室」」『分類』 4(2): 137-151.
笠井敦（2006）『クスノキとそのダニ室内外で観察されるダニ類の相互作用に関する研究』京都大学 博士論文.
Pemberton, R. W., & Turner, C. E. (1989). Occurrence of predatory and fungivorous mites in leaf domatia. American Journal of Botany, 76(1), 105-112.
その他、本文中で言及された研究や概説など多数。

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