チェリー (たばこ)

チェリー (たばこ)



「チェリー(CHERRY)」は、日本たばこ産業(JT)がかつて製造・販売を手がけていた紙巻きたばこの銘柄です。この「チェリー」という名称を持つたばこには、大きく分けて二つの世代が存在します。一つは明治時代に誕生した「官製たばこ」としての初代、もう一つは1970年に発売された二代目です。本稿では、それぞれの歴史や特徴、そして多くの人々に愛されながらも姿を消した経緯を詳述します。

初代チェリー(官製たばこ



初代チェリーは、1904年6月29日大蔵省専売局から発売されました。これは、専売制度の下で初めて登場した「官製たばこ」の一つとして位置づけられています。特徴としては、バージニア葉(黄色種)を使用しており、その葉由来の甘みと、当時としては細めの巻形状を持つ両切りのたばこでした。通常の10本入りパッケージに加え、一時的に太巻きの10本入りや、細巻き・太巻きの丸缶(50本入り)も販売されていました。太平洋戦争中には、敵性語の使用を避けるため、銘柄が「櫻」と改称された時期もありました。

パッケージデザインは、発売翌年の1905年に、ピンク色を下地とした斜め格子の模様に、桜の線画をあしらったデザインへと変更されました。その後、戦時中の改称などを除き、基本的なデザインは初代の終売まで踏襲され、特に桜の線画は後の二代目にも受け継がれています。また、1932年5月25日からはインドでも販売が開始されるなど、国際的な展開も見られました。

著名な愛煙家としては、作家の池波正太郎氏や横光利一氏、さらには連合艦隊司令長官を務めた山本五十六氏などが知られています。池波氏は「チェリーのうまさは、ピースどころじゃない」と語ったと伝えられています。フィクションの世界では、宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』の主人公、堀越二郎が愛煙するたばことしても描かれました。

1930年代前半には、1箱10銭という分かりやすい価格設定も相まって、高い人気を誇りました。しかし、1936年(昭和11年)に価格が12銭に値上げされたこと、そして同じタイミングで、チェリーのかつての価格である10銭で新製品の「光」が発売されたことが転機となります。多くのチェリー愛好者が「光」へと移行し、地域によっては販売本数が3分の1程度まで激減するという影響が出ました。

1940年11月12日には、先に述べたように「櫻」と改称されて販売が続けられましたが、資材不足が深刻化したため、1944年3月をもって廃止されました。これにより、初代「チェリー」の歴史は幕を閉じました。

二代目チェリー



二代目チェリーは、初代の廃止から時を経て、1970年日本専売公社(現在の日本たばこ産業)から新たに発売されました。この二代目は、日本で初めてのアメリカンブレンドを採用したたばことして登場しました。初代とは異なり、吸い口にはフィルターが付けられました。

パッケージは、初代から受け継がれた桜の線画を特徴としつつ、えんじ色を下地とした落ち着いたデザインが採用されました。発売後は人気を集め、ごく短い期間ではありましたが、日本国内で最も売れたたばことなったこともあります。

1974年には、警視庁創立100周年を記念した記念たばこの銘柄に選ばれる栄誉も受けました。二代目チェリーもまた、多くの著名人に愛されました。愛煙家として知られる人物には、政治家の青木幹雄氏や橋本龍太郎氏、音楽家の細野晴臣氏、映画監督の市川崑氏や宮崎駿氏、思想家の柄谷行人氏、作家の森敦氏などが名を連ねています。

しかし、二代目チェリーもその歴史を終えることになります。2011年の東日本大震災により、製造を担う工場が被災し、生産の中断を余儀なくされました。生産再開が検討されましたが、販売量が減少していたことを理由に、同年5月12日、そのまま販売を再開せずに廃止することが発表されました。

2023年の復刻キャンペーン



二代目の廃止から長い年月が経過した2023年、日本たばこ産業は会員向けサイト「CLUB JT」において、限定復刻の可能性を探るキャンペーンを実施しました。同年7月24日から8月10日までの約二週間半、会員を対象としたアンケートが行われ、投票結果によっては非売品の「チェリー」(二代目の製品を想定)を限定的に復刻することが示唆されました。目標投票数である10,000票を大きく上回る、94,720人の会員から合計107,737票が集まるなど、大きな反響を呼びました。

アンケート結果を受けて、同年9月中旬からの応募受付が予定されていましたが、複数の復刻候補銘柄があった中で、チェリーは35,331票の得票数に留まり、惜しくも限定復刻には至りませんでした。

チェリーは、日本のたばこ文化において、二つの異なる時代に多くの人々に親しまれた歴史を持つ銘柄です。そのデザインや名称は、後に発売された「さくら」という銘柄にも影響を与えています。

関連項目



たばこの銘柄一覧
さくら - チェリーから着想を得て開発された製品。

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