チェロソナタ第1番 (フォーレ)
ガブリエル・フォーレ（1845-1924）が1917年に作曲したチェロとピアノのためのソナタ「チェロソナタ第1番 ニ短調 作品109」は、彼の創作活動における第三期（1906年以降）に位置づけられる重要な室内楽作品です。フォーレは生涯で2曲のチェロソナタを残しており、第2番は本作の4年後、1921年に書かれました。
このソナタは、1917年の冬にパリで着手され、ヴァイオリンソナタ第2番の完成に続いて本格的に作曲が進められました。特に、5月から夏の避暑地であるサン＝ラファエルでの作業が集中し、第1楽章と第2楽章は7月末までに、そして第3楽章も7月28日から8月18日という短期間で書き上げられました。フォーレ自身が驚くほどの速筆で完成されたこの作品は、彼が1880年頃に作曲した「エレジー」作品24以来、長年温めていたチェロソナタ作曲の構想がおよそ40年を経て実現したものでした。彼は完成の喜びを妻マリーへの手紙で伝えています。
チェロソナタ第1番は、作曲翌年の1918年1月19日、パリの国民音楽協会の演奏会で初演されました。チェロはアンドレ・エッキング、ピアノは高名なアルフレッド・コルトーが担当しました。楽譜は同年中にデュラン社から出版されています。このソナタは、チェリストであり指揮者でもあるルイ・アッセルマンに献呈されました。ルイはパリ音楽院でフォーレの同僚であったハープ科教授アルフォンス・アッセルマンの息子で、以前フォーレのオペラ『ペネロープ』のパリ初演を指揮した人物です。
フォーレのチェロソナタは2曲とも第三期に属しますが、発表から4年の間隔があります。第1番の第1楽章が持つ激しい荒々しさから、チェリストの間では比較的親しみやすい第2番が好まれる傾向もあるようです。しかし、フォーレ研究家のジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、第1番がチェロの表現可能性を引き出す貴重な機会を提供していると指摘しています。また、直前に書かれたヴァイオリンソナタ第2番とは、第1楽章の暗く炸裂するような響き、緩徐楽章の親密な叙情性、終楽章の優美さといった点で共通しますが、チェロソナタ第1番の書法はより簡潔で単純化が進んでいます。
特に第1楽章の激しい音楽は、第一次世界大戦下の不安定な世情を映し出しているという解釈も可能であり、「怒りの火花」「波瀾万丈の冒険譚のよう」「フォーヴィスム的な色彩を思わせる」など、様々な評論家がその特徴を評しています。この楽章に見られる断続的な書法は、フォーレが1884年に作曲し後に破棄した交響曲ニ短調の楽想に由来しています。
第2楽章は夜想曲のような情感が漂う楽章です。ネクトゥーは、この楽章で主題のおぼろげな輪郭が徐々に抒情性を帯びていく様子を描写しています。単一の主題が二つのフレーズから成り、自由に変奏されますが、サラバンドのリズムから寂しげなメロディーへと転じる意外性や、予測を外れる和声進行が表現に深みを与えています。ピアノパートには、フォーレ後期の歌曲の伴奏を思わせる響きが見られます。
終楽章は一転して気楽で快活な雰囲気で満たされます。フォーレ自身が妻への手紙で「普遍の青をたたえた海を前にして」着想を得たと語っているように、広がりと輝きを感じさせる音楽です。ロナルド・クライトンはこの楽章を「彼のもっとも楽しいフィナーレの一つ」と評価しています。また、この楽章にはカノン風の書法が効果的に用いられていますが、これはフォーレの後期室内楽（ヴァイオリンソナタ第2番、ピアノ五重奏曲、ピアノ三重奏曲など）の終楽章によく見られる特徴であり、特にチェロソナタ第1番の終楽章ではこの技法が極めて説得力を持って現れています。ネクトゥーは、カノンによる対話が自然に展開し、冷ややかになることなく、むしろ温かい輝きを放ちながら音楽の流れに溶け込んでいく様子を賞賛し、この楽章に「ガブリエル・フォーレという魅力的な誘惑者の、優しくも皮肉を秘めた微笑み」を感じ取ることができると述べています。
第1楽章：アレグロ、ニ短調、3/4拍子
ソナタ形式。フォーレ全作品中でも特に力強く密度の高い楽章です。ピアノのシンコペーションに乗ってチェロが提示する第1主題は、ベートーヴェンの交響曲第9番を想起させるごつごつとした特徴を持ちます。この主題は、破棄された交響曲ニ短調やオペラ『ペネローペ』でのユリースの怒りの表現に由来しています。対照的に、ヘ長調の第2主題は穏やかで夢見るような性格です。展開部では二つの主題が激しく対立し、熱狂的な力が支配するまま短調で楽章を閉じます。終盤には、フォーレの作品としては珍しくジャズを思わせる響きやスウィングするような和音の効果が見られます。
第2楽章：アンダンテ、ト短調、3/4拍子
夜想曲風の情緒豊かな楽章で、単一の主題が自由に変奏される構造を持っています。主題は問うような最初のフレーズと、柔らかなカンティレーナの二番目のフレーズから成ります。サラバンド風のリズムを持つ最初のフレーズから、意外な展開で寂しさを秘めた二番目のフレーズへと移ることで、表現の豊かさが生まれています。和声的な仕掛けも随所に用いられ、ピアノパートは後期歌曲の伴奏を彷彿とさせます。
第3楽章：アレグロ・コモド、ニ長調、4/4拍子
ソナタ形式。チェロの魅力が存分に引き出された優美な第1主題で始まります。第2主題は広い音域を跳躍し、シンコペーションのリズムを持つ気まぐれな性格です。展開部ではサルタレロのリズムに乗って、ピアノとチェロによる第1主題の長大なカノンが展開されます。音楽は緩やかながらも軽快に進み、心地よい流れを保ちますが、コーダに向かって次第に高揚し、輝かしく壮麗な終結を迎えます。ネクトゥーがその構造の厳密さと奔放さを兼ね備えた魅力を指摘するように、この楽章はフォーレの晩年の円熟した技法を示す傑作と言えるでしょう。
作曲の背景と過程
このソナタは、1917年の冬にパリで着手され、ヴァイオリンソナタ第2番の完成に続いて本格的に作曲が進められました。特に、5月から夏の避暑地であるサン＝ラファエルでの作業が集中し、第1楽章と第2楽章は7月末までに、そして第3楽章も7月28日から8月18日という短期間で書き上げられました。フォーレ自身が驚くほどの速筆で完成されたこの作品は、彼が1880年頃に作曲した「エレジー」作品24以来、長年温めていたチェロソナタ作曲の構想がおよそ40年を経て実現したものでした。彼は完成の喜びを妻マリーへの手紙で伝えています。
初演と出版、そして献呈
チェロソナタ第1番は、作曲翌年の1918年1月19日、パリの国民音楽協会の演奏会で初演されました。チェロはアンドレ・エッキング、ピアノは高名なアルフレッド・コルトーが担当しました。楽譜は同年中にデュラン社から出版されています。このソナタは、チェリストであり指揮者でもあるルイ・アッセルマンに献呈されました。ルイはパリ音楽院でフォーレの同僚であったハープ科教授アルフォンス・アッセルマンの息子で、以前フォーレのオペラ『ペネロープ』のパリ初演を指揮した人物です。
音楽的な特徴と評価
フォーレのチェロソナタは2曲とも第三期に属しますが、発表から4年の間隔があります。第1番の第1楽章が持つ激しい荒々しさから、チェリストの間では比較的親しみやすい第2番が好まれる傾向もあるようです。しかし、フォーレ研究家のジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、第1番がチェロの表現可能性を引き出す貴重な機会を提供していると指摘しています。また、直前に書かれたヴァイオリンソナタ第2番とは、第1楽章の暗く炸裂するような響き、緩徐楽章の親密な叙情性、終楽章の優美さといった点で共通しますが、チェロソナタ第1番の書法はより簡潔で単純化が進んでいます。
特に第1楽章の激しい音楽は、第一次世界大戦下の不安定な世情を映し出しているという解釈も可能であり、「怒りの火花」「波瀾万丈の冒険譚のよう」「フォーヴィスム的な色彩を思わせる」など、様々な評論家がその特徴を評しています。この楽章に見られる断続的な書法は、フォーレが1884年に作曲し後に破棄した交響曲ニ短調の楽想に由来しています。
第2楽章は夜想曲のような情感が漂う楽章です。ネクトゥーは、この楽章で主題のおぼろげな輪郭が徐々に抒情性を帯びていく様子を描写しています。単一の主題が二つのフレーズから成り、自由に変奏されますが、サラバンドのリズムから寂しげなメロディーへと転じる意外性や、予測を外れる和声進行が表現に深みを与えています。ピアノパートには、フォーレ後期の歌曲の伴奏を思わせる響きが見られます。
終楽章は一転して気楽で快活な雰囲気で満たされます。フォーレ自身が妻への手紙で「普遍の青をたたえた海を前にして」着想を得たと語っているように、広がりと輝きを感じさせる音楽です。ロナルド・クライトンはこの楽章を「彼のもっとも楽しいフィナーレの一つ」と評価しています。また、この楽章にはカノン風の書法が効果的に用いられていますが、これはフォーレの後期室内楽（ヴァイオリンソナタ第2番、ピアノ五重奏曲、ピアノ三重奏曲など）の終楽章によく見られる特徴であり、特にチェロソナタ第1番の終楽章ではこの技法が極めて説得力を持って現れています。ネクトゥーは、カノンによる対話が自然に展開し、冷ややかになることなく、むしろ温かい輝きを放ちながら音楽の流れに溶け込んでいく様子を賞賛し、この楽章に「ガブリエル・フォーレという魅力的な誘惑者の、優しくも皮肉を秘めた微笑み」を感じ取ることができると述べています。
楽章構成
第1楽章：アレグロ、ニ短調、3/4拍子
ソナタ形式。フォーレ全作品中でも特に力強く密度の高い楽章です。ピアノのシンコペーションに乗ってチェロが提示する第1主題は、ベートーヴェンの交響曲第9番を想起させるごつごつとした特徴を持ちます。この主題は、破棄された交響曲ニ短調やオペラ『ペネローペ』でのユリースの怒りの表現に由来しています。対照的に、ヘ長調の第2主題は穏やかで夢見るような性格です。展開部では二つの主題が激しく対立し、熱狂的な力が支配するまま短調で楽章を閉じます。終盤には、フォーレの作品としては珍しくジャズを思わせる響きやスウィングするような和音の効果が見られます。
第2楽章：アンダンテ、ト短調、3/4拍子
夜想曲風の情緒豊かな楽章で、単一の主題が自由に変奏される構造を持っています。主題は問うような最初のフレーズと、柔らかなカンティレーナの二番目のフレーズから成ります。サラバンド風のリズムを持つ最初のフレーズから、意外な展開で寂しさを秘めた二番目のフレーズへと移ることで、表現の豊かさが生まれています。和声的な仕掛けも随所に用いられ、ピアノパートは後期歌曲の伴奏を彷彿とさせます。
第3楽章：アレグロ・コモド、ニ長調、4/4拍子
ソナタ形式。チェロの魅力が存分に引き出された優美な第1主題で始まります。第2主題は広い音域を跳躍し、シンコペーションのリズムを持つ気まぐれな性格です。展開部ではサルタレロのリズムに乗って、ピアノとチェロによる第1主題の長大なカノンが展開されます。音楽は緩やかながらも軽快に進み、心地よい流れを保ちますが、コーダに向かって次第に高揚し、輝かしく壮麗な終結を迎えます。ネクトゥーがその構造の厳密さと奔放さを兼ね備えた魅力を指摘するように、この楽章はフォーレの晩年の円熟した技法を示す傑作と言えるでしょう。
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