チェロ協奏曲 (エルガー)

エドワード・エルガーが1918年に完成させたチェロ協奏曲ホ短調作品85は、彼の創作活動における円熟期、そして第一次世界大戦という激動の時代背景を映し出した傑作として知られています。作曲者晩年の深遠な内省が込められたこの作品は、現在、チェロ協奏曲のレパートリーの中で最も重要な位置を占める一つとなっています。

作曲の経緯

作品の源泉は、エルガーが1918年3月に病床にあった際に書き留めた旋律の断片に遡ります。病気や手術からの回復期、さらに第一次世界大戦の終結という世界的出来事が彼の精神に重くのしかかり、作曲は一時中断されました。この主題はしばらくの間、陽の目を見ませんでしたが、同年5月にはサセックスの山荘で再び作曲に着手します。しかし、先行して構想されていたヴァイオリンソナタ、弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲の作曲と初演が優先され、チェロ協奏曲はさらに練り上げられることとなりました。本格的な作曲再開は6月に入ってからで、驚異的な速さで進められ、完成した楽譜は8月8日にはロンドンへ送付されています。この頃、初演の独奏者となるフェリックス・サルモンドがエルガーのもとを訪れ、試演や初演の段取り、そしてエルガー自身が指揮台に立つことが決定しました。

初演とその後の展開

初演は翌1919年10月27日、ロンドンのクウィーンズ・ホールで行われました。独奏はサルモンド、指揮はエルガー自身、管弦楽はロンドン交響楽団という顔合わせでした。しかし、この演奏会は同楽団の新しい指揮者アルバート・コーツのデビューでもあり、コーツがゲネラル・リハーサルの大部分を占有したため、エルガーに与えられた時間は極めて限られ、結果として初演は決して成功とは言えませんでした。作品への正当な評価は遅れましたが、その後ビアトリス・ハリスンの独奏による再演が成功を収め、エルガー自身も彼女を録音に起用するなど、徐々にその真価が認められていきます。そして今日、本作がチェロ協奏曲の代表作としての地位を確立する上で、ジャクリーヌ・デュ・プレの存在は欠かせません。彼女の情熱的な演奏と録音は、この作品を広く世に知らしめる上で計り知れない功績を残しました。

エルガーの晩年

初演から間もない1920年、エルガーは長年連れ添った妻アリスを失うという大きな悲劇に見舞われます。この喪失感は彼の創作意欲を著しく減退させましたが、1923年頃からは再び作曲活動を再開します。劇音楽『アーサー王』や『セヴァーン川組曲』といった規模の大きな作品も生み出しましたが、この頃からは作曲よりも演奏家、特に指揮者としての活動に重点を置くようになり、自身の作品を含む多くの録音を精力的に行いました。

楽曲の特徴と編成

本作は典型的な2管編成で書かれていますが、同じ2管編成でもドヴォルザークのチェロ協奏曲のような重厚さとは異なり、使用される素材は簡潔で、オーケストレーションも比較的透明感があります。各楽章は密度が高く、無駄を削ぎ落としたような凝縮された表現が特徴です。特に第2楽章に見られる独奏チェロのスピッカートの多用など、当時の革新的な技法が用いられています。編成は、独奏チェロ、フルート2（ピッコロ持ち替えあり）、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ（任意）、ティンパニ、そして弦五部からなります。

楽曲構成

協奏曲としては珍しい4楽章構成を採っていますが、前半の2つの楽章はアタッカ（間を置かず）で連続して演奏されるため、実質的には3楽章構成と見なすこともできます。全体の構成は、緩やかな第1楽章、急速な第2楽章、再び緩やかな第3楽章、そして急速な第4楽章という「緩－急－緩－急」の対比をなしており、第2楽章が伝統的なスケルツォ楽章に相当します。全曲の演奏時間は約30分です。

第1楽章 Adagio - Moderato：ホ短調。チェロ協奏曲としては異例の、独奏チェロによる重音を多用した悲劇的なカデンツァで開始されます。このカデンツァは単なる導入にとどまらず、全曲を通じて重要な役割を果たす循環主題的な性格を持っています。このカデンツァから主要主題が導き出され、展開されます。冒頭の厳しく内省的な雰囲気は、作曲当時のエルガーの病状や精神的な苦悩を色濃く反映していると言えるでしょう。エルガーは没年の1934年に、病床でこの楽章の中心主題を口笛で吹き、「私が死んだ後、もしモールヴァーン丘陵でこの旋律が聞こえたとしても、恐れることはないよ。それはきっと私だから」と友人に語ったというエピソードが残されています。
第2楽章 Lento - Allegro molto：ト長調。第1楽章の冒頭カデンツァの和音が独奏チェロによってピッチカートで奏され、間髪を入れずにこの楽章が始まります。独奏チェロは終始、驚異的な速さで駆け回るスピッカートを駆使し、高度な技巧が要求されます。この楽章は第1楽章とアタッカで連結されているため、楽章の終わりがそのまま第1楽章の終結を兼ねています。
第3楽章 Adagio：変ロ長調。これまでの楽章に漂っていた悲観的な雰囲気とは対照的に、伝統的な歌曲形式に基づいた、穏やかで抒情的なアダージョです。しかし、前楽章から続く悲愴感は完全に払拭されてはおらず、作品全体のトーンの中に位置づけられています。
第4楽章 Allegro - Moderato - Allegro, ma non troppo：ホ短調。先行する各楽章で提示された様々な要素を集約し、締めくくりとしてのフィナーレを飾ります。形式は大きく2部に分かれ、前半はロンド形式のような構成で、軽快かつ推進力のある主題が支配的です。後半に入ると速度を落とし、クライマックスに向けてドラマティックな展開を見せます。終盤には第3楽章の美しい主題が再現され、短いながらも力強いコーダへと続きます。コーダは第1楽章冒頭のカデンツァの再現で始まり、ロンドの主要主題とホ短調の激烈な終止和音によって、全曲は力強く締めくくられます。

受容

この作品の最も広く知られた演奏の一つは、ジャクリーヌ・デュ・プレによるものでしょう。彼女は1961年にジョン・バルビローリ指揮のロンドン交響楽団と本作を演奏し、国際的な名声を不動のものとしました（このコンビでは1965年にも再録音を行っています）。興味深いことに、指揮者のバルビローリは1919年の初演時、ロンドン交響楽団のチェロ奏者の一人として参加していました。また、文学や映画といった他の芸術分野でも本作は取り上げられています。劇作家J・B・プリーストリーは1948年の戯曲『菩提樹』の中で、ヒロインの象徴としてこのチェロ協奏曲を用いています。さらに、映画『奇跡のシンフォニー』にも、主人公の母親がこの作品を演奏する重要な場面が登場します。

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