チューレ空軍基地米軍機墜落事故

1968年 1月21日、アメリカ空軍のB-52爆撃機がグリーンランドのチューレ空軍基地付近で墜落した事故は、核兵器の安全性、米軍の核戦略、そして国際政治における大きな波紋を呼ぶこととなりました。この事故は「チューレ事故」または「チューレ事件」とも呼ばれ、冷戦下における核兵器の潜在的な危険性を浮き彫りにしました。

事故の概要

1968年 1月21日、クロームドーム作戦の一環として、4発の水爆を搭載したアメリカ空軍のB-52G爆撃機がバフィン湾上空で火災に見舞われました。乗員は緊急脱出を試みましたが、1名がパラシュート脱出中に死亡しました。無人となった機体は、チューレ空軍基地近くの海氷上に墜落し、搭載していた核爆弾は核爆発こそ起こさなかったものの、起爆用爆薬の爆発により核弾頭が破裂・飛散し、大規模な放射能汚染を引き起こしました。

アメリカとデンマークは共同で徹底的な除去・回収作業を行いましたが、1発の核爆弾のセカンダリー（第2段階）部分については回収できず、不明のままとなりました。この事故を契機に、クロームドーム作戦はその危険性が露呈し中止されました。また、核兵器の取り扱いに関する安全手順が見直され、より安定した核爆弾の開発が進められることになりました。

1995年、デンマーク政府が1957年の非核化方針に反して、核兵器のグリーンランド持ち込みを黙認していたという報告書が発表され、政治スキャンダルに発展しました。事故後、除去作業に関わった作業員が被曝による疾病に対する賠償請求運動を起こし、2009年にはタイム誌がこの事故を史上最悪の核惨事の一つと評しました。

チューレ監視任務

1960年、アメリカ空軍戦略航空軍団（SAC）は、核戦争時の迅速な先制攻撃や報復能力を確保するため、核兵器を搭載したB-52爆撃機をソ連国境沿いに飛行させる「クロームドーム作戦」を開始しました。この作戦は、常時12機以上の爆撃機を滞空させ、ソ連からの先制攻撃に対抗する核抑止力としての役割を担っていました。

また、1961年初頭には、チューレ空軍基地のミサイル早期警戒システム（BMEWS）を目視で監視する極秘の「ハードヘッド」任務（または「チューレ監視任務」）が開始されました。空中からの監視により、基地と北アメリカ航空宇宙防衛司令部（NORAD）との通信が途絶した場合に、爆撃機の乗員がその原因を敵の攻撃か技術的な問題かを判断することが可能でした。

監視任務は、バフィン湾の指定地点に到達後、基地上空を8の字飛行で待機するものでした。1966年、国防長官ロバート・マクナマラは、BMEWSシステムが完全に稼働したこと、ミサイルの配備により爆撃機の重要性が減少したこと、そして経費削減を理由にクロームドーム作戦の中止を提案しましたが、SACや統合参謀本部は反対しました。結果として、毎日4機の爆撃機による警戒任務に縮小されました。SACは、スペインでのB-52墜落事故でその危険性が浮き彫りになったにもかかわらず、チューレ空軍基地の監視任務を継続しました。

ブロークン・アロー

1968年 1月21日、ニューヨーク州プラッツバーグ空軍基地所属のB-52G（コールサイン“HOBO 28”）は、チューレ空軍基地およびバフィン湾上空での「ハードヘッド」任務に就きました。機には機長のジョン・ハウグ大尉以下、合計7名の乗員が搭乗していました。

離陸前、ディマリオ少佐が後部区画の暖気口の上にクッションを置いたことが、後に火災の原因となることが判明します。飛行中、暖房の故障により機内が異常な高温になり、クッションが発火したのです。乗員は消火を試みましたが、火は消し止められず、機内は煙に包まれました。

15時22分（EST）、ハウグ大尉はチューレ基地の航空管制に火災発生を伝え、緊急着陸を要請しました。しかし、状況は悪化の一途をたどり、機長は脱出を決断しました。乗員は射出座席で脱出しましたが、副操縦士のスヴィテンコ大尉は射出座席を交替要員に譲っていたため、下部ハッチから脱出を試み、頭部に致命傷を負いました。

無人となった機体は、ノーススター湾の海氷上に墜落しました。墜落の衝撃で、4発の核爆弾の起爆用爆薬が爆発し、放射性物質が広範囲に飛散しました。この事故は、米軍用語で戦争勃発の危険がない核兵器事故を指す「ブロークン・アロー」に指定されました。

プロジェクト・クレステッドアイス

墜落現場は広範囲に汚染され、機体の残骸とともに放射性物質が散乱しました。アメリカとデンマークは共同で、汚染除去と残骸回収を目的とした「プロジェクト・クレステッドアイス」を開始しました。事故現場にはベースキャンプ（「キャンプ・ハンジカー」）が設営され、ヘリポート、イグルー、発電機、通信設備などが設置されました。現場は極寒の北極圏にあり、作業は困難を極めました。

アメリカ空軍はデンマークの原子力科学者とともに除去作業を進め、汚染された氷雪や残骸をアメリカに運び処分することを決定しました。作業員は、汚染された氷雪を回収し、木箱に詰め、チューレ基地の保管場所に運びました。そこで、汚染物質は鋼鉄のタンクに移され、輸送船に積み込まれました。

作戦完了までの9か月間で、両国から700名の専門作業員が、適切な防護服や汚染対策なしで現場での除去作業に従事しました。合計で2,100立方メートルの汚染液体と30個のタンクに入った汚染物質が集められ、アメリカへ送られました。プロジェクト・クレステッドアイスの費用は940万ドルに上りました。

未回収の爆弾

事故当時、SACは4発の爆弾はすべて処分されたと公式発表していましたが、1987年以降、デンマークの報道機関が1発の爆弾が未回収であると報じました。BBCは情報公開法に基づき機密文書を入手し、その中で3発の爆弾についてしか言及されていないことを確認しました。1968年7月の報告書では、3個のセカンダリーのウラニウムの85%、重量比で94%を回収したと報告されていました。第4のセカンダリーの部品は確認されなかったとされています。

1968年4月には、未発見の爆弾捜索のため、潜航艇が派遣されましたが、その本当の目的はデンマーク政府に隠されていました。海面下の捜索は技術的な問題に悩まされ、中止されました。機密文書の図とメモにより、事故破片が広がった全地域を捜索するのは不可能だったことが判明しました。4発の爆弾容器、1個のセカンダリー、および2個のセカンダリーに相当する部品が海氷から回収され、1個のセカンダリーに相当する部品は確認されなかったのです。

余波

チューレ事故は、クロームドーム作戦の危険性を浮き彫りにし、同作戦は中止されました。また、この事故は、核兵器の安全対策や国際的な核兵器管理に対する議論を活発化させました。アメリカとソ連は、核事故が誤って先制攻撃と解釈されることを避けるための措置を講じることで合意しました。

この事故を契機に、核兵器の高性能爆薬の安定性についての調査が行われました。その結果、航空機事故の衝撃に耐えるためには、より安全な爆薬と耐火ケースが必要であることが判明しました。ローレンス・リバモア国立研究所はスーザン・テストを開発し、ロスアラモス国立研究所は低感度高性能爆薬（IHE）を開発しました。

デンマークの非核化方針は、1957年の連立政権の決定に遡ります。しかし、事故当時、核兵器を搭載したアメリカの爆撃機がグリーンランド上空を飛行していたことは、この方針に反していました。1995年、この事実が発覚し、「チューレゲート」と呼ばれる政治スキャンダルに発展しました。デンマーク議会は、デンマーク国際問題研究所（DUPI）に調査を委嘱し、核武装した航空機がグリーンランド上空を頻繁に通過していたことを確認しました。

除去作業に関わったデンマークの作業員は、被曝による健康被害を訴え、賠償請求運動を起こしました。1997年、デンマーク政府は1,700名の作業員に対し、一人当たり50,000デンマーク・クローネの賠償金を支払いました。しかし、デンマーク政府は事故と長期的な健康問題との関係を否定し続けています。

科学的研究

放射能汚染は、主にイヌイットの食料源である海洋環境に発生しました。1997年、国際調査団はノーススター湾で堆積物サンプリングを行い、プルトニウムは堆積物から海面に浸出しておらず、生物活動の結果、堆積物の奥深くに埋まっていることを明らかにしました。しかし、別の調査では、ウランがプルトニウムやアメリシウムより速く汚染された残骸から浸出していることが示唆されています。

2003年の調査では、チューレの海洋環境におけるプルトニウムの人への危険性はほとんどないと結論付けましたが、Narssârssukの表層土のプルトニウム汚染は、再懸濁した場合に、現地を訪れた人がそれを吸入することでリスクとなる可能性があるとしました。

結論

チューレ空軍基地米軍機墜落事故は、冷戦期における核兵器の潜在的な危険性と、それに対する安全対策の重要性を浮き彫りにした事件でした。この事故は、核兵器の安全基準見直し、国際的な核兵器管理の議論、そして米軍の核戦略の転換に大きな影響を与えました。また、事故に関わった人々の健康問題、政治的な論争など、多くの側面から語り継がれるべき歴史的な出来事と言えるでしょう。

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