テアイテトス (対話篇)

プラトン『テアイテトス』：知識とは何か？を巡る探求

『テアイテトス』は、プラトンの代表的な後期対話篇の一つです。副題は「知識について」で、ソクラテスと若き日の数学者テアイテトスが、知識（エピステーメー）の本質を問いただす議論が中心となっています。紀元前399年、アテナイの体育場を舞台に、ソクラテスはテアイテトスに「知識とは何か」と問いかけます。

物語の構成と登場人物

物語は、紀元前369年、メガラでソクラテスの友人であるエウクレイデスとテルプシオンが再会する場面から始まります。エウクレイデスは、コリントスの戦場で負傷したテアイテトスをアテナイへ送った帰り道に、かつてソクラテスが少年時代のテアイテトスと行った知識に関する議論を思い出します。その記録を読みたいと願うテルプシオンの依頼を受け、エウクレイデスは自らの書物を読み上げることで、物語の中心となる過去回想が始まります。

主要な登場人物は、ソクラテス、青年テアイテトス、そしてキュレネ出身の数学者テオドロスです。テオドロスは、ソクラテスにテアイテトスの才能を絶賛し、問答へと導く役割を果たします。

知識の定義を巡る三段階の議論

テアイテトスは、当初「知識は感覚である」と主張します。しかしソクラテスは、感覚は主観的で相対的であるため、客観的な知識とはなり得ないと反論します。プロタゴラスの相対主義やヘラクレイトスの万物流動説も取り上げながら、感覚の限界を明らかにし、この主張を否定します。

次にテアイテトスは「知識は真なる確信である」と主張します。しかし、ソクラテスは「真なる確信」でも誤りを含む可能性があり、知識とは呼べないと反論します。「虚偽の確信」の可能性を徹底的に検討することで、この主張も否定します。ここでソクラテスは、人間の知覚と記憶のメカニズムを、蝋（ろう）に印影を刻む比喩を用いて説明する興味深い箇所があります。

最後にテアイテトスは、「知識は真なる確信に論証を加えたものだ」と主張します。しかしソクラテスは、論証の要素を分析し、論証だけでは知識が完璧に成立するとは限らないことを示します。アルファベットの文字を例にとり、文字自体（要素）は説明不可能だが、それらが組み合わさることで意味を持つことを指摘し、この主張も否定します。

イデア論への伏線と哲学的深み

『テアイテトス』は、知識論・認識論を主題としながら、プラトンのイデア論へと繋がる重要な示唆を含んでいます。「知識」を確定的に定義することは不可能であるという結論は、知識獲得の困難さと、絶対的な真理への到達を目指すプラトンの哲学的探求を象徴しています。

また、この対話篇では、ソクラテスの産婆術（マユティケー）が詳細に描かれています。ソクラテスは、自ら知識を教えるのではなく、相手自身の思考を引き出し、より深い理解へと導く役割を果たすのです。この産婆術を通して、読者自身も知識の本質について深く考えることを促されています。

『テアイテトス』の位置づけと関連作品

『テアイテトス』は、プラトンの中期末から後期にかけての作品とされています。『ソピステス』『ポリティコス』と共にイデア論を巡る三部作を形成し、特に『ソピステス』とは直接的に繋がっています。また、『クラテュロス』や『エウテュプロン』、『ソクラテスの弁明』といった作品とも時間的・主題的に関連しており、プラトンの哲学体系全体を理解する上で重要な位置を占めています。

『テアイテトス』は、知識の本質を探求する難解な対話篇ですが、同時にプラトンの哲学のエッセンスを学ぶための優れた入門書でもあります。ソクラテスの巧みな問答術と、深く考えさせられる議論は、現代においても多くの読者を魅了し続けています。

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