ディオニュシオス1世

ディオニュシオス1世：古代シラクサの暴君、その光と影

ディオニュシオス1世（紀元前432年頃 - 紀元前367年）は、古代ギリシアの都市シュラクサイ（現在のシラクサ）を支配した僭主です。彼は、シチリア島と南イタリアの都市を征服し、カルタゴの侵攻を食い止め、シュラクサイを西方ギリシア植民都市の中で最も強大な都市へと押し上げました。しかし、その一方で、彼は残虐で猜疑心が強く、執念深い暴君としても知られていました。

生涯

生い立ちと権力掌握

ディオニュシオスは、もともと役人として働いていました。紀元前409年に始まったカルタゴとの戦争で功績を挙げ、紀元前406年には軍の最高司令官に選ばれます。そして、翌紀元前405年には全権を掌握し、僭主の座につきました。その後、彼は自身の地位を確固たるものとするために、容赦ない粛清を繰り返しました。

傭兵と独裁政治

ディオニュシオスが民主政のシュラクサイを制圧できた背景には、彼が優秀な傭兵指揮官であったことが挙げられます。彼は、自身の命が狙われているという偽の襲撃事件をでっち上げ、600人の私的傭兵を雇う許可を得ました。その後、傭兵の数を1000人にまで増やし、徐々に権力を掌握し、僭主としての地位を確立しました。ディオニュシオスは、傭兵をシュラクサイのあらゆる場所に配置し、民主政の形骸化を進めました。彼の統治は、「違憲、違法であり、民主主義者からの反乱は必至」と評されました。

興味深いことに、スパルタは過去に僭主を追放したにもかかわらず、ディオニュシオスの独裁を非難しませんでした。むしろ、両者の関係は良好であり、ディオニュシオスはスパルタの支配地域から傭兵を徴集することも許可されていました。ディオニュシオスの終身政権は、傭兵が広まった紀元前4世紀の現象の先駆けであり、傭兵と僭主は持ちつ持たれつの関係にありました。

歴史家ポリュビオスは、「暴君の安全は、ひとえに忠実で協力的な傭兵にかかっていた」と述べています。アリストテレスも、絶対的な王権には私兵が不可欠であり、僭主が雇う傭兵の数が少なすぎると権力が脅かされ、多すぎると国家が危険に晒されると指摘しました。

征服活動

ディオニュシオス1世は、紀元前397年から紀元前392年までカルタゴとのシケリア戦争を戦いましたが、カルタゴ勢力をシチリア島から完全に排除することはできませんでした。彼の死後も、シチリアの3分の1はカルタゴの支配下にありました。また、ディオニュシオスはイタリア本土のレギオンを征服し、その同盟都市にも攻撃を仕掛けました。紀元前386年には、レギオンを陥落させ、住民を奴隷として売り払いました。

さらに、ディオニュシオスはイリュリア人と共にデルポイの神殿を略奪しようと企て、共和政ローマと同盟を結んでいたカエレの神殿も略奪しました。アドリア海沿岸では、貿易拠点としてアンコーナ、アドリア、イッサを建設し、アドリア海をシュラクサイの海としました。また、ペロポネソス戦争ではスパルタ側で参戦し、傭兵を派遣しました。

紀元前385年、エピロス王アルケタス1世が国を追われ、ディオニュシオスの元に亡命しました。ディオニュシオスは、エピロスに友好的な君主国を樹立するため、イリュリア人に対抗してギリシア人重装歩兵を派遣し、アルケタス1世を王位に復帰させました。

死

ディオニュシオス1世の死については、いくつかの説があります。有力な説は、息子のディオニュシオス2世が侍医に毒を盛らせたというものです。また、アテナイの祭りで自作の悲劇が優勝したことを知って狂喜し、深酒をして亡くなったという説や、自然死したという説もあります。さらに、カルタゴとの戦費を調達するために、かつての仲間を排除・課税したことへの報復として殺害されたという説も存在します。

知的嗜好

ディオニュシオスは、アテナイの僭主ペイシストラトスと同様に、教養人を身の回りに置いていました。歴史家のピリストスや詩人のピロクセノス、哲学者プラトンなどが彼の宮廷に出入りしていましたが、ディオニュシオスは彼らを気まぐれに扱いました。ある時、ディオニュシオスはピロクセノスを捕らえて石切り場に送り、彼の詩作を酷評しました。しかし、後に彼を解放し、自分の詩を朗読して感想を尋ねたところ、ピロクセノスは「石切り場に戻してください」と答えたと言われています。

ディオニュシオス自身も文学作品の作者・後援者としての側面を持っていました。彼の詩はピロクセノスから厳しく批判され、オリンピックの詩の競技では不評でしたが、悲劇『ヘクトールの身代金』はアテナイの祭りで賞を獲得しました。

シュラクサイの城壁

紀元前402年、ディオニュシオス1世はシュラクサイの周囲を囲む巨大な城壁の建設を開始しました。この城壁は、全長27km、基底部の厚さ3.3m - 5.35m、14の塔を備え、その建設には毎日300トンの石材を積んだとしても5年を要したと推定されています。

後世への影響

ディオニュシオス1世は、ダンテの『神曲』に登場するなど、後世の文学作品にも登場しています。彼の名は、「ダモンとピュティアス」や「ダモクレスの剣」の伝説にも関連しており、「ディオニュシオスの耳」と呼ばれる石灰岩の洞窟も彼の名に由来します。

ディオニュシオス1世は、古代シラクサを強国に押し上げた傑物であると同時に、暴君として恐れられた人物でした。彼の生涯は、権力と暴力、そして文化が交錯する複雑なものであり、後世に多くの物語や伝説を残しました。

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