ディオメーデースの人喰い馬

古代ギリシア神話において、人間に危害を加える怪物的な存在として語られるのが、トラーキア地方のビストーン人の王、ディオメーデース（テーバイ攻めの七将の一人であるティーリュンスのディオメーデースとは別の人物）が飼育していた牝馬たち、通称「人喰い馬」です。これらの馬は極めて獰猛かつ巨大で、その最大の特徴は生きた人間を喰らうというおぞましい習性でした。ヒュギーヌスの伝えるところによれば、この馬は4頭おり、それぞれポダルゴス、ラムポーン、クサントス、そしてディーノスという名を持っていたとされます。また別の伝承では、かつてコリントスの王シーシュポスの子グラウコスを噛み殺したとされる馬と同一視されることもありました。

この恐るべき人喰い馬を王から奪い取ることは、半神ヘーラクレースに課せられた有名な「12の功業」の一つ、すなわち第8の試練として、ミュケーナイ王エウリュステウスによって命じられました。

ヘーラクレースの第8の功業

ヘーラクレースは人喰い馬の捕獲のため、トラーキアへと旅立ちます。その道中、エウリーピデースの悲劇『アルケースティス』に描かれているように、テッサリアー地方の都市ペライに立ち寄り、死の淵からアドメートスの妻アルケースティスを救うという逸話も伝えられています。

アポロドーロスによる記述では、ヘーラクレースは多くの人々を従えて船でトラーキアに到着しました。彼は人喰い馬の世話をしていた者たちを力ずくで制圧し、馬たちを海岸まで連れ出しました。しかし、馬を取り戻そうとディオメーデース王がビストーン人の軍勢を率いて追ってきたため、ヘーラクレースは従者の少年アブデーロスに馬たちの見張りを任せ、自身は王との戦闘に向かいました。しかし、人喰い馬はアブデーロスの手に負える相手ではありませんでした。馬たちは少年を地面に引きずり回し、結局彼を殺してしまいました。ヘーラクレースはディオメーデース王を打ち破り殺害すると、アブデーロスの死を悼み、彼を埋葬しました。そしてその墓の近くに、亡き少年の名を冠したアブデーラ市を創建したと伝えられています。その後、ヘーラクレースは人喰い馬を捕らえ、エウリュステウスのもとへ連れ帰りました。エウリュステウスはこれらの危険な馬を野に放ったところ、オリュムポス山で野獣に襲われて死んだとされています。

一方、シケリアのディオドーロスは異なる詳細を伝えています。彼の記録によれば、人喰い馬はあまりにも気性が荒く強力だったため、頑丈な青銅製の飼葉桶が与えられ、その怪力で鎖を引きちぎることがないよう鉄の鎖でしっかりと繋がれていました。そして、これらの馬の食料は、ディオメーデース王の宮殿を訪れた異邦人の客であり、王自身が彼らを噛み殺して馬に与えるよう仕込んでいたというのです。ディオドーロス版の物語では、ヘーラクレースはディオメーデース王を討ち取った後、その王の肉を馬に喰わせることで、彼らの凶暴な性質を鎮静させたと描かれています。ヘーラクレースが人喰い馬をミュケーナイに連れ帰ると、エウリュステウスはそれらをヘーラー女神の神馬としました。さらに驚くべきことに、これらの人喰い馬の血統は、マケドニアのアレクサンドロス大王の時代まで受け継がれていたという伝承も残されています。

またヒュギーヌスの伝える筋書きでは、ヘーラクレースはこの冒険において、ディオメーデース王だけでなく、人喰い馬自身、そして悲劇的な最期を遂げた従者アブデーロスをも手にかけたとされています。ヒュギーヌスはまた、一説として、ヘーラクレースがこの功業を果たした後、イアーソーンが率いる有名なアルゴナウタイの遠征に参加した可能性にも言及しています。

馬たちの名前（ヒュギーヌス説）

ヒュギーヌスによれば、人喰い馬は以下の4頭でした。

ポダルゴス (Podargos)
ラムポーン (Lampon)
クサントス (Xanthos)
ディーノス (Deinos)

人喰い馬の物語は、ヘーラクレースの超人的な力と英雄的性質を示すと同時に、人間の野蛮さや、神話時代の世界に潜む危険を描き出しています。特に、無垢な少年アブデーロスの犠牲や、ディオメーデース王の客人をも餌にするという非道な行いは、この神話に暗い影を落としています。

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