ジョルジェ・エネスク

ジョルジェ・エネスク

ジョルジェ・エネスク（George Enescu, [ˈd͡ʒe̯ord͡ʒe eˈnesku], 1881年8月19日 - 1955年5月4日）は、ルーマニアを代表する作曲家、ヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者、そして教育者として、20世紀の音楽界に大きな足跡を残しました。ルーマニアの5レイ紙幣に肖像が使用されていることからも、その国民的な偉大さが窺えます。

生涯

ルーマニアの小さな村、リヴェニで生まれたエネスクは、幼少期から音楽の才能を発揮しました。父親に連れられて訪れた作曲家エドゥアルド・カウデラに才能を認められ、ヤシの音楽学校への入学を許可されました。その後、7歳でウィーン音楽院に進学し、ヨーゼフ・ヘルメスベルガー、ロベルト・フックス、ジギスムント・バハリヒといった名だたる指導者のもとで研鑽を積みました。13歳になる前に銀メダルを授与されるという、早熟の才能を示しました。ウィーンでは、ツェムリンスキーと親交を深め、メンデルスゾーン、サラサーテ、ブラームスといった作曲家の作品を演奏し、ブラームス本人からも激励を受けました。この経験は、後の彼の音楽活動に大きな影響を与えました。

1895年からはパリ音楽院で学び、ヴァイオリンをアルマン・マルシック、和声とフーガをアンドレ・ジェダルジュ、作曲をマスネとフォーレに師事しました。特に、ジェダルジュの著書『フーガの教程』には、エネスクがパリ音楽院でフーガの一等賞を獲得した作品が模範例として掲載されており、彼の優れた音楽理論の知識を裏付けています。

1923年には、ニューヨークでフィラデルフィア管弦楽団を指揮して指揮者デビューを果たし、1937年から1938年にはニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団も指揮しました。自作の演奏も積極的に行い、作曲家としての才能も示しました。

エネスクは、フランスとルーマニアを行き来する生活を送っていましたが、第二次世界大戦後、ルーマニアが共産圏の支配下に入ったことを機に、パリへ移住し、二度と祖国へ戻ることはありませんでした。1955年にパリで亡くなり、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。ブカレストにある交響楽団（Filarmonica "George Enescu"）やエネスク記念博物館は、彼の功績を称えて命名されました。

演奏家・教育者としての名声

エネスクは、クライスラー、ティボーと共に、20世紀前半を代表する三大ヴァイオリニストの一人として知られています。情熱的な演奏スタイルと、効果的なヴィブラートを用いた美しい音色が特徴的でしたが、クライスラーやティボーのような甘美な音色とは異なり、精神的な深みや格調の高さが感じられました。特に、ベートーヴェンやシューマンのソナタ、バッハの無伴奏作品は、実演や録音で語り継がれています。また、ピアニストとしても卓越した腕を持ちましたが、主に自作の演奏に限って活動しました。

1920年代半ばからはヴァイオリン教師としても名声を博し、ユーディ・メニューイン、アルテュール・グリュミオー、クリスチャン・フェラス、イヴリー・ギトリスといった著名なヴァイオリニストを育てました。作曲の分野では、ルロイ・アンダーソンが彼の弟子として知られています。また、同時代のルーマニア音楽の普及にも力を注ぎ、1912年には後進の音楽家を支援するエネスク賞を設立しました。コンスタンティン・シルヴェストリ、ミハイ・ヨラ、イヨネル・ペルレア、マルチャン・ネグレアなどの作品を演奏し、ルーマニア音楽の発展に貢献しました。

作曲活動と作風

エネスクの作品は、ルーマニアの民俗音楽の影響を強く受けています。最も有名な作品としては、2つの「ルーマニア狂詩曲」、歌劇「エディプス王」、3つの管弦楽組曲などが挙げられます。2つの世界大戦の時期には、戦禍を避けてルーマニアに帰国し、シナヤでいくつかの作品を作曲しました。一部の作品（ヴァイオリン・ソナタ第3番、「エディプス王」など）には、微分音が用いられています。

1890年頃から作曲を始めたエネスクは、ウィーン時代から早熟の天才として知られていました。初期の作品は、ワーグナーやブラームスの影響を受け、パリに渡ってからは、フォーレ、フランク、ダンディ、ショーソン、デュカスなどの影響が加わりました。第一次世界大戦開始までの時期は、ロマン主義音楽の伝統を受け継ぎ、華麗で色彩的な作風が特徴です。代表作である2つの「ルーマニア狂詩曲」は、この時期に作曲されました。また、「交響曲第1番」を発表する前に、4曲の「習作交響曲」も残しています。

エネスクは、作曲の筆が速く、演奏活動と並行して管弦楽曲の大作を次々と生み出しました。しかし、「協奏交響曲」の初演の大失敗をきっかけに、作曲には慎重に取り組むようになり、完成された作品でも、第一次世界大戦前後の時期の作品は、苦心の末に完成されたものが多くなりました。例えば、「ピアノ・ソナタ第2番」は、構想はあったものの、譜面は現存していません。唯一のオペラである「エディプス王」も、10年以上の歳月をかけて完成されました。

第一次世界大戦中には、作風に新たな展開が見られました。パリで着手された「交響曲第2番」は、初演時に「印象主義的」「未来主義への接近」と評され、批判を受けましたが、今日ではリヒャルト・シュトラウスの交響詩に近い響きを持つとされています。戦後の作品は、より民族色が濃くなり、ルーマニアの民族音楽の影響のもと、語るような自由リズムによる旋律（パルランド様式）、長調・短調の区別が曖昧な民族音階の使用、機能和声からの離脱など、調性感の弱い作品が増えました。成熟期の代表作である「ヴァイオリン・ソナタ第3番」は、副題にあるように「ルーマニア民族音楽の性格によって」作曲されています。

第二次世界大戦後、パリに戻ったエネスクは、晩年に向けて調性音楽的な作風へと変化させていきました。「室内交響曲」は、シェーンベルクの作品を暗示する題名ですが、調的で旋法的な作品であり、抒情的に展開していきます。交響曲第4番・5番（終楽章に声楽を伴う）、ヴァイオリンと管弦楽のための「ルーマニア奇想曲」など、晩年の作品の多くは未完のまま残されました。これらの作品は、近年になって補筆され、演奏される機会が増えていますが、エネスクの名前は、主に「ルーマニア狂詩曲第1番」の作曲家として知られています。

主要ディスコグラフィ

エネスクは、ヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者として、数多くの録音を残しました。以下は、その主要なディスコグラフィです。

ヴァイオリニストとしての録音
アルフレード・ダンブロシオ: セレナード
フリッツ・クライスラー: クープランの様式によるプロヴァンスの朝の歌
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン/レオポルト・アウアー編: 回教僧の合唱
リヒャルト・ワーグナー/アウグスト・ウィルヘルミ編：アルバムの一葉
エルネスト・ショーソン：詩曲
アルカンジェロ・コレッリ/フェルディナンド・ダヴィッド編：ラ・フォリア
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル：ヴァイオリン・ソナタ op.1-13
フリッツ・クライスラー: プニャーニの様式によるテンポ・ディ・メヌエット
ガエターノ・プニャーニ/アルフレッド・モファット編: プニャーニの様式によるテンポ・ディ・メヌエット
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ: 2挺のヴァイオリンのための協奏曲
ジョルジェ・エネスク：ヴァイオリン・ソナタ第2番＆第3番
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ第7番
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン：ヴァイオリン協奏曲
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ：ヴァイオリン協奏曲第2番
ジョルジェ・エネスク：ヴァイオリン・ソナタ第3番
ジョルジェ・エネスク：ヴァイオリン・ソナタ第2番
ロベルト・シューマン：ヴァイオリン・ソナタ第2番
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン: クロイツェル・ソナタ
Georges Enescu In Legend (ルーマニア放送交響楽団との録音)
ピアニストとしての録音
ニコロ・パガニーニ/ジョルジェ・エネスク編: カプリース第6番
ジョルジェ・エネスク編: 組曲第1番（抜粋）＆第2番（抜粋）
指揮者としての録音
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ: ヴァイオリン協奏曲第2番
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ: ヴァイオリン協奏曲第1番

主要作品

エネスクは、オペラ、交響曲、協奏曲、管弦楽曲、室内楽曲、ピアノ曲、声楽曲など、幅広いジャンルで作品を残しました。

歌劇
抒情悲劇『エディプス王』
交響曲
第1番 変ホ長調
第2番 イ長調
第3番 ハ長調
協奏曲
協奏交響曲 ロ短調（チェロと管弦楽のための）
管弦楽曲
男声合唱つきの交響組曲「ルーマニアの詩（うた）」
管弦楽組曲第1番 ハ長調
管弦楽組曲第2番 ハ長調
管弦楽組曲第3番 「田舎風」
ルーマニア狂詩曲第1番 イ長調
ルーマニア狂詩曲第2番 ニ長調
弦楽合奏のための2つの間奏曲
交響詩「海の声」
室内オーケストラのための交響詩「自然の声」
ルーマニア民族音楽の性格をもった主題による演奏会用序曲
編曲：アルベニスの「スペイン狂詩曲」の管弦楽編曲
室内楽曲
12の独奏楽器のための室内交響曲
弦楽八重奏曲 ハ長調
管楽十重奏曲 ニ長調
ピアノ五重奏曲 イ調
ピアノ四重奏曲 第1番 ニ短調
ピアノ四重奏曲 第2番 ニ調
ピアノ三重奏曲 イ短調
弦楽四重奏曲 第1番 変ホ長調
弦楽四重奏曲 第2番 ト調
ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ長調
ヴァイオリン・ソナタ第2番 ヘ短調
ヴァイオリン・ソナタ第3番「ルーマニア民族音楽の性格によって」
遺作のヴァイオリン・ソナタ断章
チェロ・ソナタ第1番 嬰ヘ短調
チェロ・ソナタ第2番 ハ調
トランペットとピアノのための「伝説」
ヴァイオリンとピアノのための「幼時の印象」
ヴィオラとピアノのための「演奏会用小品」
ハープ独奏のための「演奏会用アレグロ」
ブラームスのヴァイオリン協奏曲のためのカデンツァ
ピアノ曲
2台のピアノのための「創作主題による変奏曲」
ピアノ・ソナタ第1番 嬰ヘ短調
ピアノ・ソナタ第2番
ピアノ・ソナタ第3番 ニ長調
ピアノ組曲 第1番「古風な形式による」
ピアノ組曲 第2番
ピアノ組曲 第3番
声楽曲
3つの歌曲
クレマン・マロの詩による7つのシャンソン

参考文献

ベルナール・ガヴォティ編著／松本小四郎、富田弘訳『エネスコ回想録』白水社、1977年
ヴィオレル・コズマ著／ペトレ・ストイヤン監修／竹内祥子編訳『ジョルジェ・エネスク 写真でたどるその生涯と作品』ショパン、2005年

関連項目

ウィーン国立音楽大学
キシナウ音楽院
フィラデルフィア管弦楽団
ジョルジュ・エネスク国際コンクール
ニューヨーク・フィルハーモニック
ジョルジェ・エネスクの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト

脚注

注釈
* 出典

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