デボー聖堂

スペインの首都マドリード、王宮近くのオエステ公園に静かに佇むデボー聖堂は、遥か古代エジプトの地から移され、現代に再建された極めて珍しい文化遺産です。これは、20世紀に行われた大規模なダム建設によって水没の危機に瀕した古代遺跡を救うための国際協力の証として、エジプトからスペインに贈られたものです。

古代エジプトにおける起源

デボー聖堂の元々の所在地は、上エジプトのアスワンの南およそ15キロメートル、ナイル川の第一急流地帯でした。この地域は、古くから聖地として崇められたフィラエ島のイシス神殿にも近接しています。その起源は紀元前2世紀前半にまで遡り、この地を支配していたクシュ王国の王、アディカラマニによって、まずアメン神に捧げられた小さな神殿として建立されました。初期の建築様式は、当時のヌビア地域に特徴的な後期メロエ様式の影響を強く受けており、近隣のダッカ神殿にも類似点が見られます。

その後、神殿はプトレマイオス朝時代に入ると、より大規模なものへと拡張されていきます。特にプトレマイオス6世、プトレマイオス8世、そしてプトレマイオス12世の治世において、既存の構造に新たな部分が加えられ、神殿の規模は約12メートル×15メートルにまで広がりました。この拡張期には、アメン神への信仰に加え、フィラエで崇拝されていた女神イシスへの信仰の場としての性格も強まります。さらに、ローマ帝国時代に入ると、初代皇帝アウグストゥスやティベリウス帝の時代に装飾が施され、数世紀にわたる様々な時代の要素が複合された建築物となっていきました。

現代への移転

20世紀の中頃、エジプト政府はナイル川の治水と電力供給を目的としたアスワン・ハイ・ダムの建設計画を推進しました。しかし、この巨大プロジェクトは、ヌビア地方に点在する数多くの貴重な古代遺跡を広範な水没の危機に晒すことになりました。この事態を受け、国際連合教育科学文化機関（ユネスコ）は、人類共通の遺産であるこれらの遺跡を保護するための国際的なキャンペーンを立ち上げ、世界各国に協力を呼びかけました。

この国際的な取り組みに対し、スペインは特に、巨大な岩窟神殿であるアブ・シンベル神殿の解体・移築という困難な救済プロジェクトに多大な技術的・財政的支援を提供しました。エジプト政府は、このスペインの貢献に対し深い感謝の意を表し、その謝礼として1968年にデボー聖堂をスペインに寄贈することを決定しました。これは、文化遺産保護における国際協力の重要性を示す象徴的な出来事となりました。

マドリードでの再建と公開

エジプトから寄贈されたデボー聖堂は、慎重に解体された部材がスペインへと輸送され、マドリードの中心部に位置するオエステ公園に新たな安息の地を見つけました。公園内の高台に再建地が選ばれたのは、元のエジプトでの立地を意識したためとも言われています。1972年、神殿は解体時の部材を組み直す形で再建が完了し、マドリード市民および一般の人々に公開されました。ただし、再建時には元の配置順とは異なる形で門が設置されるなど、一部変更が見られます。

デボー聖堂は、古代エジプトの神殿建築がその起源の地を離れて、異国で保存・展示されている世界的にも数少ない例の一つであり、スペイン国内においては唯一の事例として、非常に重要な価値を持っています。マドリードの中心部でありながら、訪れる人々に数千年の時を超えた古代エジプトの雰囲気を感じさせてくれる特別な場所となっています。

保存上の課題と将来

マドリードに移築されたデボー聖堂は、他の国に寄贈され博物館の屋内に保存されているエジプトの聖堂（例えば、ニューヨークのメトロポリタン美術館にあるデンドゥール聖堂など）とは異なり、屋外に設置されています。地中海性気候下にあるマドリードの風雨や大気汚染は、デリケートな古代石材にとって決して良い環境ではありません。このため、一部のエジプト学研究者からは、聖堂の長期的な保存に対する懸念が表明されていました。

こうした専門家の指摘を受け、マドリード市議会は聖堂の保護対策について検討を進めてきました。そして、2020年2月には、全会一致でデボー聖堂を風雨から守るための覆いを設置することを決定しました。今後、具体的な設計や工事が進められることで、この貴重な古代エジプト遺産が将来にわたって良好な状態で保存されることが期待されています。

デボー聖堂は、古代文明の壮大さ、そして国際協力による文化遺産保護の成功事例として、今日もマドリードで静かにその歴史を語り続けています。アスワン・ハイ・ダム建設により水没を逃れた他の寄贈された聖堂としては、前述のデンドゥール聖堂のほか、オランダのライデン国立古代博物館にあるタフェ聖堂、イタリアのトリノ・エジプト博物館にあるエリシー聖堂が知られています。

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