デーイポンテース

デーイポンテースは、古代ギリシア神話に登場する人物で、偉大な英雄ヘーラクレスの子孫であるヘーラクレイダイの一員に数えられます。彼はアンティマコスの子息にあたり、またヘーラクレスとデーイアネイラの子クテーシッポスの子孫とも伝えられています。その名は長母音を省略してデイポンテスとも表記されます。

デーイポンテースは、ペロポネソス半島北東部に位置するアルゴス地方、あるいはアスクレーピオスの聖地として知られる同じアルゴリス地方の都市エピダウロスの王として語られています。彼の人生は、アルゴス王テーメノスの娘ヒュルネートーとの結婚、そしてテーメノス家内で巻き起こる激しい権力争いと深く結びついています。

テーメノス王は、自身の息子たちよりも娘のヒュルネートー、そしてその夫であるデーイポンテースを深く寵愛したと伝えられています。これは、息子たちが王位をデーイポンテースに譲られるのではないかという疑念を抱かせる原因となりました。

神話の記述は情報源によって若干異なります。アポロドーロスによれば、テーメノスの息子たちは父の寵愛ぶりに危機感を覚え、最終的にテーメノスを暗殺しました。しかし、彼らは軍の反対に遭い、すぐさま王位を継承することはできませんでした。その結果、デーイポンテースとヒュルネートーがテーメノスの後を継いで王位に就いたとされています。

一方、パウサニアスの伝える神話は、より詳細で悲劇的な様相を呈しています。パウサニアスによると、デーイポンテースはテーメノス王から絶大な信頼を得ていました。戦時においては王の息子たちを凌ぐ重要な役割を与えられただけでなく、常に王の相談役としても重用されていました。さらに、テーメノスが最も愛した娘ヒュルネートーを妻として迎え入れたことで、王の息子たちは父がデーイポンテースに王位を委ねることを強く恐れるようになりました。

デーイポンテースは、ドーリス人の一派を率いてエピダウロスへと到達しました。当時のエピダウロスを支配していたイオーンの子ピテュレウスは、デーイポンテースに対して抵抗することなく都市の支配権を譲り渡しました。これ以降、エピダウロスに移住したドーリス系のアルゴス人は、本国であるアルゴスとの関係を絶ち、独立した動きを見せるようになります。テーメノス王の死後、デーイポンテースが王の息子たちと王権を巡って対立した際、このエピダウロスに根を下ろしたアルゴス人は、デーイポンテースとヒュルネートーの側に立って彼らを支持しました。

しかし、デーイポンテースとヒュルネートーの運命は悲劇的な結末を迎えます。テーメノスの息子たちはエピダウロスに赴き、ヒュルネートーに対してデーイポンテースと離れるよう説得を試みました。この試みが失敗に終わると、彼らは強硬手段に出てヒュルネートーを捕らえ、連れ去ろうとしました。デーイポンテースは愛する妻を救い出すべく彼らを追跡しましたが、その逃走劇の最中、ヒュルネートーは命を落としてしまいます。深い悲しみに暮れたデーイポンテースと彼らの子供たち（アンティメネース、クサンティッポス、アルゲイオス、そして娘のオルソビア）は、ヒュルネートーの遺体をエピダウロスへ運び、手厚く埋葬しました。そして、彼女を祀るための英雄廟「ヒュルネーティオン」を建立したと伝えられています。

その後、デーイポンテース自身もまた、策略によって殺害されたとパウサニアスは記しています。デーイポンテースとヒュルネートーが退場した後、アルゴスの王位はテーメノスの長子であるケイソスが継承することとなりました。

このように、デーイポンテースはヘーラクレイダイの系譜に連なる人物として、義父からの寵愛とそれゆえに生じた家族内の権力闘争に翻弄され、最終的には悲劇的な死を遂げた人物として語り継がれています。彼の物語は、古代ギリシアにおける王位継承の困難さや、ドーリス人の移動に伴う新しい支配地の確立といった歴史的背景とも関連しています。

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