テーメノス

テーメノスは、古代ギリシアの神話に登場する人物です。彼の名は長母音を省略してテメノスとも表記されます。彼は偉大な英雄ヘーラクレースの子孫たち、すなわちヘーラクレイダイの一員であり、アリストマコスを父に持ち、クレスポンテース、アリストデーモスと兄弟でした。ヘーラクレースからは玄孫にあたる世代です。長くペロポネソスから追放されていたヘーラクレイダイが、故地への帰還を目指してミュケーナイに対して行った幾度かの攻撃のうち、最後に成功した帰還作戦において、彼は中心的な指揮官を務めました。

テーメノスの子供については様々な伝承があります。娘のヒュルネートーのほか、アゲラーオス、エウリュビオス、カリアースという息子たちがいたとする説や、地理学者パウサニアスによれば、ケイソス、パルケース、ケリュネース、アガイオス、イストミオスという息子たちがいたとする説があります。また、劇作家エウリーピデースはアルケラーオスという子の名を挙げています。さらに、彼はペイドンとカラノスの父とも伝えられています。子のカラノスは後にマケドニア王国の創設者となり、その最初の王朝であるアルゲアス朝の祖となりました。紀元前4世紀に生きたアレクサンドロス大王が自らの血筋がヘーラクレースに連なると主張する根拠も、このテーメノスの子孫であるという系譜に求められています。

ペロポネソスへの帰還

ヘーラクレースの子孫であるヘーラクレイダイは、ミュケーナイ王エウリュステウスによって故郷ペロポネソスから追放されて長い年月が経っていました。その末裔であるテーメノスにとって、ペロポネソスへの帰還は一族の悲願であり、その実現を使命としていました。テーメノスは弟のアリストデーモス、そしてクレスポンテースとともに、帰還を成功させるための方法をデルポイの神託に伺いました。ところが、返ってきた神託は、かつて祖先たちが授かりながらも成功に至らなかったものと全く同じ内容でした。祖先たちはその神託に従って行動したにもかかわらず、帰還を果たせずに命を落としています。これにテーメノスは不満を露わにし、神の言葉に従ったにもかかわらず祖先が亡くなったことを指摘し、なぜ再び同じ神託が下されるのかを問い詰めました。神託は、祖先たちが神意を誤解していたのだと説明しました。『3度の収穫の後』とは、文字通りの収穫ではなく、ヒュロス、クレオダイオス、アリストマコスという3世代の時が経ったことを意味し、『狭き場所』とは、かつて祖先が渡ろうとして失敗した陸路のコリントス地峡ではなく、その西にある細長い海、すなわちコリントス湾を指し示していたのです。この新たな解釈を得たテーメノスは、ロクリス地方のナウパクトスで軍船の建造を開始し、海からの進攻を目指して海軍を組織しました。

しかし、ナウパクトスに留まっている間、ヘーラクレイダイに再び災難が降りかかります。彼らの前に神がかり的な予言者が現れ、何らかの警告を発しましたが、ヘーラクレイダイの人々は、その予言者をペロポネソス側の人間の陰謀によって送り込まれた者ではないかと疑い、殺害してしまったのです。この行為により神の怒りを買ったヘーラクレイダイは、建造中の軍船がことごとく破壊され、さらに兵士たちも飢饉に見舞われて散り散りになってしまいました。再び神託を求めたところ、災厄の原因は予言者の殺害にあると告げられました。解決のためには、殺害に関わった者を追放し、『3つ眼の男』を帰還の案内人とする必要があると示されました。テーメノスはこの神託に従い、予言者の殺害に関わったヒッポテースを追放し、同時に『3つ眼の男』を探し始めました。やがて、一頭の片眼の馬に乗るオクシュロスという男と出会います。片眼の馬を合わせると『3つ眼』になることから、テーメノスはこの男こそ神託が示す案内人だと考えました。オクシュロスは、ヘーラクレースの妻デーイアネイラの姉妹ゴルゲーの子孫であり、殺人の罪を犯してエーリス地方から逃れてきた人物でした。テーメノスは彼にペロポネソス半島への案内を依頼しました。

オクシュロスの助言に従い、ヘーラクレイダイは以前に失敗したコリントス地峡を通る陸路ではなく、海を渡ってペロポネソス半島に侵攻する戦略を採りました。オクシュロスは海を渡るのに適したアイトーリア地方のモリュクリオンへと彼らを案内しました。ヘーラクレイダイはオクシュロスがエーリス地方への特別な関心を持っていることを察し、案内役を務めてくれた返礼として、もし帰還を果たすことができたならば彼にエーリスの支配権を与えることを約束しました。その後、オクシュロスの的確な案内によりペロポネソス半島への上陸に成功したヘーラクレイダイは、当時のミュケーナイ王であり、オレステースの子であるティーサメノスとの戦いに臨みました。この戦いでヘーラクレイダイは勝利を収め、ティーサメノスを殺害したとする説と、彼を追放したとする説があります。

追放説によれば、ヘーラクレイダイはラケダイモーン（スパルタ）とアルゴスの支配者であったティーサメノス、そしてメッセニア地方を支配していたネーレウスの子孫たちをペロポネソスから追い出しました。ティーサメノスはその後アカイア地方へと去り、ネーレウスの子孫たちはアテーナイへと逃れたと伝えられています。故地を取り戻したヘーラクレイダイは、テーメノス、そしてアリストデーモスの双子の息子であるプロクレースとエウリュステネース、そしてクレスポンテースの3者で、征服した土地の支配権をくじ引きによって分け合うことになりました。その結果、テーメノスはアルゴス地方を、プロクレースとエウリュステネースはラケダイモーン地方を、クレスポンテースはメッセニア地方を獲得しました。

アルゴス王としての治世と最期

くじ引きによってアルゴスの支配権を得たテーメノスは、そのままアルゴスの王となりました。しかし、彼は息子たちよりも娘であるヒュルネートーの夫、すなわち娘婿であるデーイポンテースを非常に可愛がり、重用しました。テーメノスの息子たちは、父が王位を自分たちではなくデーイポンテースに譲ってしまうのではないかと疑念を抱き、ついに陰謀を巡らせてテーメノスを暗殺してしまいます。しかし、彼らがすぐに王位を継承できたわけではなく、軍からの反対もあり、最終的にはデーイポンテースがテーメノスの後を継いで王位に就いたという伝承があります。ただし、地理学者パウサニアスの伝える異説では、殺害されたのはテーメノスではなく、彼の娘ヒュルネートーとその夫デーイポンテースであり、テーメノス自身は息子たちによって王位を追われたとされています。いずれにせよ、アルゴスのヘーラクレイダイによる王権は長くは続かず、テーメノスの子孫であるケイソスの子メドーンから数えて10代後には、民衆の手によって王権が奪われたと伝えられています。

その他のテーメノス

ギリシア神話には、上記ヘーラクレイダイのテーメノスとは別に、同名の人物が複数登場します。例えば、アルカディア地方のステュムパーロス市出身のテーメノスは、ペラスゴスの子であり、女神ヘーラーの養育者であったとされ、後にヘーラーのための3つの聖域を創設したと伝えられています。また、アルカディア地方のプソーピスの王ペーゲウスの子であるテーメノスは、兄弟アルクシオーンと共にアルクマイオーンを殺害したという伝承もあります。これらの人物は、ヘーラクレイダイのテーメノスとは区別されるべきです。

これらの物語は、アポロドーロスの『ギリシア神話』やパウサニアスの『ギリシア記』といった古代の文献に詳しく記されています。

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