トビハゼ

トビハゼとは

トビハゼ（跳鯊）は、スズキ目ハゼ科トビハゼ属 Periophthalmus に分類されるハゼの総称です。日本では特にその中の一種 P. modestus を指すことが一般的です。干潟の泥の上を這い回る姿が特徴的で、ユニークな生態を持つ魚として知られています。

形態と生態

トビハゼの成魚は体長約10cmで、灰褐色の体に小さな白点と大きな黒点のまだら模様があります。眼球は頭頂部に突き出ており、左右がほぼ接しています。これにより、平坦な干潟を広範囲に見渡すことが可能です。胸鰭のつけ根には筋肉が発達しており、これを使って泥の上を這うように移動します。同じく干潟に生息するムツゴロウと比べると、体長は約半分程度で、各鰭も比較的小さいのが特徴です。

トビハゼは汽水域の泥干潟に生息し、春から秋にかけて活発に活動します。冬は巣穴の中でじっとして過ごします。干潟上では胸鰭で這うだけでなく、尾鰭を使ってジャンプすることでも移動します。近づくとカエルのような連続ジャンプで素早く逃げ回るため、捕獲は意外と困難です。食性は肉食性で、干潟に生息する甲殻類や多毛類などを捕食します。潮が満ちてくると、水面をピョンピョンと連続ジャンプして水際の陸地まで移動する習性があり、これが和名の由来となっています。

通常の魚類は鰓呼吸によって酸素を取り込み、代謝によって発生するアンモニアを水中に放出します。そのため、空気中では呼吸ができず、アンモニアが体内に蓄積すると脳障害などを引き起こします。しかし、トビハゼは皮膚呼吸の能力が非常に高く、さらにアンモニアをアミノ酸に変える能力も持っているため、空気中での活動が可能です。この特殊な能力が、トビハゼが干潟という特殊な環境で生きることを可能にしています。

食性

トビハゼは、小さなカニやゴカイなどを主な餌としています。捕食時には、口の中に水を蓄え、それを流体力学的な舌（hydrodynamic tongue）として使い、獲物を捕らえます。この捕食方法は、他の魚類にはあまり見られないユニークなものです。

繁殖

産卵期は6月から8月で、オスは口から泥を吐き出して泥中に巣穴を掘り、縄張りを作ります。その後、メスを呼び込んで巣穴で産卵させます。孵化した稚魚は海中に泳ぎ出て、浮遊生活を送ります。全長15mmほどに成長すると干潟に定着します。寿命は1年から3年とされ、生後1年で全長5cm程度に成長しますが、オスの多くはここで繁殖に参加し、繁殖後には死んでしまいます。一方、メスは生後2年、全長7cmから9cmまで成長し、繁殖に参加します。

別名

トビハゼは地域によって様々な別名で呼ばれています。例えば、高知県では「ピョンピョンハゼ」、九州地方では「ネコムツ」、佐賀県では「カッチャン」や「カッチャムツ」、熊本県では「ムツゴロ」などと呼ばれています。南西諸島では、近縁種のミナミトビハゼと区別せずに「トントンミー」と呼ぶこともあります。標準和名である「トビハゼ」は、東京や和歌山での呼び名です。英語では、泥の上を跳ね回る様子から「mudskipper（マッドスキッパー）」と呼ばれており、日本でも観賞魚として流通する際にはこの名前が使われることがあります。

分布

トビハゼは、日本、朝鮮半島、中国、台湾に分布しており、日本では東京湾から沖縄本島までの各地の泥干潟で見られます。分布の北限は東京湾の江戸川放水路河口や谷津干潟です。千葉県では、袋詰め捨て石の試験施工によるトビハゼへの影響調査が行われています。また、市川市の人工干潟や多摩川の汽水域でも生息が確認されています。名古屋港の藤前干潟にも生息しており、大阪府内での生息状況は不明です。ムツゴロウは日本では有明海と八代海のみに分布しているため、分布域でも区別することができます。

葛西臨海水族園では、2004年にトビハゼの繁殖賞を受賞しました。また、姫路市立水族館、のとじま臨海公園水族館、長崎ペンギン水族館、いおワールドかごしま水族館などでも飼育展示されています。

利用

地域や人によっては食用とされています。かつて諫早湾の南岸地方では、夜間に眠っているトビハゼを灯火で脅かし、網に追い込んで漁獲し、煮干しにして素麺の出汁などに使っていました。中国の寧波市周辺では、トビハゼ類を豆腐と一緒に煮てスープにするのが一般的です。広東省では、から揚げにして酒の肴やおつまみにすることが多く、台湾でもスープとしてよく食されています。

また、観賞魚としても流通しており、そのユニークな姿から人気があります。

種の保全状況

環境省のレッドリストでは、トビハゼは準絶滅危惧（NT）に指定されています。環境汚染や埋め立てによる干潟の消失が主な原因で、特に都市近郊では生息地の減少が深刻です。

日本の各都道府県でも、レッドリストの指定を受けており、東京都区部、静岡県、三重県では絶滅危惧IA類、神奈川県、福岡県、沖縄県では絶滅危惧IB類、大阪府では絶滅危惧I類、兵庫県ではランクA、千葉県では重要保護生物（B）など、地域によって状況は異なります。また、徳島県、愛媛県、高知県、宮崎県、鹿児島県では絶滅危惧II類、和歌山県、長崎県、大分県では準絶滅危惧、岡山県では留意種とされています。

環境省が作成した汽水・淡水魚類レッドリストでは、1999年版で「東京湾のトビハゼ」と「沖縄本島のトビハゼ」が絶滅の恐れのある地域個体群（LP）として掲載されましたが、2007年版では日本産全体が準絶滅危惧（NT）として指定されました。

トビハゼ属

南西諸島には、トビハゼと共にミナミトビハゼ P. argentilineatus が分布しています。ミナミトビハゼは第一背鰭の前端が尖り、黒線で縁取られていることでトビハゼと区別できます。また、泥干潟を好むトビハゼに対し、ミナミトビハゼはマングローブ地帯を好み、木の根に登って生活することもあります。ミナミトビハゼは環境省レッドリストには掲載されていませんが、鹿児島県レッドリストでは「分布特性上重要」として掲載されています。

トビハゼ属 Periophthalmus は、日本産2種を含む、インド太平洋および西アフリカの熱帯・温帯域に15種が分布しています。これらの種は、それぞれ生息環境や形態に特徴を持っており、多様な進化を遂げています。

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