トリスタン・ミュライユ

トリスタン・ミュライユ

トリスタン・ミュライユ（Tristan Murail, 1947年3月11日 - ）は、フランス北西部の港湾都市ル・アーヴルに生まれた、現代音楽を代表する作曲家です。ジャチント・シェルシに感化される一方で、ピエール・ブーレーズ以降のトータル・セリエリスムには異議を唱え、ジェラール・グリゼーらと共に音響探求を深める作曲方法論を展開しました。このため、彼はしばしばスペクトル楽派の主要な作曲家の一人として語られます。また、1977年に設立されたパリの音楽音響研究所IRCAMにて、情報理論と先進的な音響解析技術をいち早く習得し、これを自身の音楽語法へと深く統合しました。この探求は、今日のリアルタイム音響合成やコンピュータを用いた作曲制作の分野において、ミュライユを先駆者の一人として位置づけています。

来歴

ミュライユはノルマンディー地方、セーヌ河口に位置する港町ル・アーヴルで生を受けました。パリ政治学院で経済科学を修めた後、フランス国立東洋言語文化研究所で古典アラブおよびマグリブの研究で学位を取得しています。1967年、パリ国立高等音楽院作曲科に入学し、オリヴィエ・メシアンの薫陶を受けました。1971年には首席で卒業し、同年、ローマ賞を得てメディチ荘に2年間滞在しました。この時期、彼は音響テクスチャ、音勢、質量の総体としての運動を形作るという美学に傾倒しており、電子音響音楽や、ヤニス・クセナキス、ジャチント・シェルシ、ジェルジュ・リゲティといった作曲家たちの作品を範としていました。

1973年にパリに戻ったミュライユは、ミカエル・レヴィナス、ユーグ・デュフール、ジェラール・グリゼー、ロジェ・テシエらと演奏団体アンサンブル・イティネレールを創設しました。この団体は、彼らの楽器書法における実験の場として、また、リアルタイム音響合成やコンピュータを用いた音楽制作のための貴重な研究拠点として機能しました。この頃に書かれた初期作品には、『大陸移動説 La Dérive des continents』（1973年、ヴィオラと弦楽合奏のための）や『マゼラン雲 Les Nuages de Magellan』（1973年、2台のオンド・マルトノ、エレクトリックギター、パーカッションのための）があります。これらの作品は、明確な分節や進展を伴わず、ひたすら絶えることのない音響のうねりを特徴としています。続く『砂 Sables』（1974-1975年、オーケストラのための）や『記憶／侵食 Mémoire/Erosion』（1975-1976年、ホルンと9人の器楽奏者のための）では、その後の作風への段階的な移行が見られます。

1980年、アンサンブル・イティネレールの作曲家たちは、IRCAMで行われた情報理論に関する研修に参加しました。この経験はミュライユの音楽的探求に決定的な転機をもたらし、音響現象のより深い知見を得る手段として、情報理論を積極的に用いるようになりました。楽器音響と音響合成を組み合わせた最初の試みとなった作品が『崩壊 Désintégrations』（1982-1983年）です。『セレンディブ Serendib』（1991-1992年）、『流体動力学 La Dynamique des fluides』（1990-1991年）、『神秘の小舟 La Barque mystique』（1993年）といった作品では、展開の予測困難性、細部の分割・分節化が極限まで追求されたとされています。1991年から1997年にかけては、IRCAMとの密接な共同作業の時代であり、同機関に設立された作曲研究課程の教授として招聘される傍ら、初期のOpenMusicの前身にあたるソフトウェア「パッチワーク」の開発にも参加しました。また、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会、ロワイヨモン現代音楽セミナー、サントル・アカント作曲講習会など、数多くの主要な音楽祭や組織において後進の指導に尽力しました。

1997年からは活動の拠点をアメリカに移し、コロンビア大学作曲科で教授を務めました。現在はザルツブルクのモーツァルテウム大学で教鞭をとっています。この時期の近作としては、パリで初演された『都市伝説 Légendes urbaines』や、アムステルダムで初演された『残酷な童話 Contes cruels』などがあります。以前から宗教音楽への強い関心を示し続けており、10年以上の構想を経て、彼の全創作の集大成として位置づける「七つの言葉」の作曲に取り組んでいます。

演奏活動

ミュライユは作曲活動と並行して、一時期は鍵盤楽器奏者としても活躍しました。特にオンド・マルトノの演奏では録音も残しており、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団やエサ＝ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団によるメシアンの『トゥランガリーラ交響曲』の録音にオンド・マルトノ奏者として参加したことはよく知られています。また、彼はオンド・マルトノのための作品も多く作曲しており、2台のオンド・マルトノのための『マッハ2.5 Mach 2,5』（1971-75年）や、オーケストラとの協奏曲『空間の流れ Les Courants de l'espace』（1979年）などは、オンド・マルトノ奏者の重要なレパートリーとなっています。

音楽思想と評価

ミュライユ自身は、自身が「スペクトル楽派」と呼ばれることを好まなかったとされています。彼は自身の作曲思想の出発点を「作品を聴いている間に耳で思い出せるオブジェ」と表現し、ピエール・シェフェールよりもむしろピンク・フロイドのようなロックバンドから着想を得る機会が多かったと述べています。これは、彼の音楽が単なる理論的構築物ではなく、具体的な音響体験に基づいていることを示唆しています。

主要作品

『大陸移動説 La Dérive des continents』ヴィオラと弦楽合奏のための (1973)
『マゼラン雲 Les Nuages de Magellan』2台のオンド・マルトノ、エレクトリックギター、パーカッションのための (1973)
『砂 Sables』オーケストラのための (1974-1975)
『記憶／侵食 Mémoire/Erosion』ホルンと9人の器楽奏者のための (1975-1976)
『忘却の領土 Territoires de l'oubli』ピアノのための（1977)
『ゴンドワナ Gondowana』オーケストラのための (1980)
『崩壊 Désintégrations』楽器音響と音響合成のための (1982-1983)
『流体動力学 La Dynamique des fluides』オーケストラのための (1990-1991)
『セレンディブ Serendib』アンサンブルのための (1991-1992)
『神秘の小舟 La Barque mystique』チェロとアンサンブルのための (1993)
『冬の断章 Winter Fragments』フルート、ヴァイオリン、ピアノ、MIDIキーボード、コンピュータのための (2000)

受賞歴

メディチ荘滞在 (1971)
グランプリ・デュ・ディスク (1990)
共和国大統領賞 シャルル・クロ (1992)

家族

ミュライユは芸術一家の出身です。父は詩人のジェラール・ミュライユ、母はジャーナリストのマリー＝テレーズ・バロワです。兄のルイと妹のエルヴィールも著作家、もう一人の妹マリー=オードは児童文学作家として活動しています。

トリスタン・ミュライユは、音響への飽くなき探求と、先端技術の音楽への統合を通じて、現代音楽の地平を切り開いた重要な作曲家であり、教育者です。彼の作品は、聴く者の耳に強烈な印象を残す独特の音響世界を提示しています。

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