ドメニコ・アルベルティ

ドメニコ・アルベルティ（Domenico Alberti, 1710年頃 - 1740年 8月14日）は、18世紀イタリアで活動した声楽家、チェンバロ奏者、そして作曲家です。バロック音楽が次第に古典派音楽へと移行していく、まさにその過渡期に重要な足跡を残しました。彼は短い生涯を閉じたため、今日ではその作品自体が広く知られているとは言えません。しかし、彼のチェンバロ・ソナタにおいて頻繁に用いられた、分散和音を繰り返す特定の左手伴奏のパターンは、彼の名にちなんで「アルベルティ・バス」と名付けられ、その後のギャラント様式など、多くの音楽で多用されることとなり、現在に至るまで彼の名前は音楽史の中で記憶されています。

生涯

ヴェネツィアに生まれたアルベルティは、声楽の技法をアントニオ・ビッフィに、作曲の理論をアントニオ・ロッティに学びました。自身はアマチュア、すなわちディレッタントであると謙遜していたようですが、実際には卓越した歌手およびチェンバロ奏者として高い評価を得ていました。ヴェネツィア共和国の大使であったピエトロ・アンドレア・カッペッロに同行してスペインのマドリードを訪れた際には、1736年に彼の歌声を聴いた高名なカストラート、ファリネッリがその技量に感嘆したという有名な逸話が残っています。1737年にはモリナーリ侯爵に随行してローマへ移り住みました。彼の代表作とされるチェンバロ・ソナタの多くは、このローマ滞在期に作曲されたと考えられています。彼はギターやリュートで自身を伴奏しながら歌いつつ、ローマの街を散策することを好んだと言われています。しかし、その活躍期間は短く、1740年 8月14日にローマで亡くなり、同地のサン・マルコ教会に埋葬されました。

主な作品

アルベルティが音楽史に名を遺す上で最も重要な役割を果たしたのは、鍵盤楽器のための作品です。彼の主要な作品群はソナタであり、およそ36曲が作曲されたとされていますが、残念ながらその一部は現在失われています。特に重要なのは、1748年にロンドンのウォルシュ社から出版されたチェンバロ・ソナタ集（作品1）で、これは8曲のソナタを含んでいます。これらのソナタは全て2楽章構成で書かれており、各楽章は二部形式の構造をとっています。そして、これらの鍵盤楽曲において、アルベルティは左手の伴奏声部に、和音の構成音を順次弾く分散和音を多用しました。この独特の音型こそが、「アルベルティ・バス」の名称の由来となったものです。作品1に含まれる8曲以外は、長らく演奏される機会が非常に限られていましたが、近年になり再評価の動きも見られます。例えば、2015年にはBrilliant Classicsレーベルより、マヌエル・トマディンによるアルベルティの鍵盤楽器作品全集の録音（CD4枚組）がリリースされ、知られざる作品に光が当てられました。生前は歌手としても知られていたアルベルティは、メタスタジオの詩による2つのセレナータ（「エンディミオーネ」「ガラテア」）や「サルヴェ・レジーナ」、その他多数の声楽曲も作曲していますが、これらの声楽作品は鍵盤楽曲ほどには注目されていません。

評価とエピソード

18世紀の著名な音楽史家であるチャールズ・バーニーは、ドメニコ・アルベルティを、ツィポーリ、ドメニコ・スカルラッティ、パラディエスといった同時代のイタリアを代表する鍵盤楽器の演奏家および作曲家と並べて高く評価しています。また、バーニーはアルベルティに関する興味深いうエピソードを記録しています。それは、ジュゼッペ・ヨッツィというカストラート歌手が、アルベルティのチェンバロ曲をあたかも自分の作品であるかのように偽って、ロンドンで演奏し、さらには出版まで行ったというものです。偶然にもヴェネツィアでアルベルティの作品を聴いたことのある人物が、ヨッツィの演奏や出版された楽譜を見て盗作であることを見抜きました。後にアルベルティの作品1である8つのソナタがロンドンで正式に出版されたのは、ヨッツィがこれらの作品の真の作者ではないことを明確にするためだったとも言われています。ヨッツィがロンドンで出した盗作版は現存しませんが、彼は同じ盗作行為をアムステルダムでも行い、こちらで出版された偽作版は現存しています。バーニー自身も、1745年に開催された慈善コンサートで、ヨッツィがアルベルティのソナタを自身の作品と偽って演奏しているのを実際に耳にしたことがあると述べています。このような盗作事件は、アルベルティの作品が当時すでに一定の評価を得ていたことを示唆すると同時に、彼の名前が「アルベルティ・バス」という形で広く知られるようになった経緯の一端をも物語っています。

アルベルティの音楽は、バロックから古典派へのスタイル変化の中で生まれました。彼の作品は旋律的でシンプルながら、明快な和声と「アルベルティ・バス」が生み出す動きによって、軽快で魅力的な性格を持っています。短い生涯と、声楽曲が忘れられたこと、そして作品そのものよりも彼が生み出したバス音型によって名を残したことは、音楽史における彼のユニークな位置づけを物語っています。

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