ニコライ・チェルヌイシェフスキー

ニコライ・ガヴリーロヴィチ・チェルヌイシェフスキー

ニコライ・ガヴリーロヴィチ・チェルヌイシェフスキー（1828年7月24日 - 1889年10月29日）は、19世紀ロシアを代表する思想家、革命家です。哲学者、経済学者、文芸評論家としても知られ、その多岐にわたる活動は、後のロシア社会主義運動に大きな影響を与えました。彼は「革命的民主主義者」と称され、ナロードニキ運動の創設者の一人としても知られています。マルクスやレーニンからも高く評価され、その思想はロシア革命に大きな影響を与えました。

生い立ちと教育

1828年、ロシア帝国のサラトフで聖職者の家庭に生まれたチェルヌイシェフスキーは、幼少期から語学の才能を発揮しました。神学校を中退後、サンクトペテルブルク大学の歴史・哲学部に入学し、当時のロシア社会の専制政治や農奴制に対する批判的な姿勢を強めました。1848年の二月革命と諸国民の春の影響を受け、唯物論、無神論、社会主義へと傾倒していきます。大学卒業後は、一時的に故郷に戻り教師として教鞭をとりましたが、その後、サンクトペテルブルクで評論活動を開始します。

評論活動と流刑

1855年、クリミア戦争の最中に皇帝ニコライ1世が死去すると、チェルヌイシェフスキーは雑誌『現代人』の編集者兼執筆者として活動を始め、アレクサンドル2世の改革期において、農奴解放問題を中心に活発な評論活動を行いました。彼は、農奴への無償での土地付与と農村共同体（ミール）の維持を主張し、既存の地主や貴族の利害を擁護する政府や自由主義者を厳しく批判しました。1861年の農奴解放令に反対し、学生運動を支援、民衆蜂起を目指す秘密結社を組織しようとしたことが当局に忌避され、1862年に逮捕、シベリア流刑となります。1864年に懲役7年、シベリア終身流刑の判決を受け、約20年をシベリアのヴィリュイスクで過ごしました。厳しい流刑生活は彼の健康を蝕み、かつての激しさを失ったと伝えられています。

思想と影響

チェルヌイシェフスキーの思想は、空想的社会主義に強く影響を受けています。フォイエルバッハの思想を基盤としながらも、独自の戦闘的唯物論を展開しました。また、ヘーゲル美学を批判し、文学、哲学、経済学の分野で独自の理論を構築しました。

文芸評論では、ベリンスキーのリアリズム文学観を継承・発展させ、『ロシア文学のゴーゴリー時代概観』を発表。経済学においては、『J.S.ミルの経済学原理への注解』や『農村共同体論』を著し、ロシア社会の初期資本主義経済の段階を分析し、農村共同体（ミール）が西欧の資本主義の弊害を回避し、社会主義建設に貢献する可能性を指摘しました。彼は、資本主義を単に批判するだけでなく、生産力拡大を評価しつつ、社会主義への移行を展望しました。ただし、マルクスとは、革命に対する見解で相違がありました。

後世への影響

1863年に獄中で執筆した長編小説『何をなすべきか』は、当時のロシア青年に大きな影響を与えました。この作品は、ナロードニキの革命理論に基づいたユートピア小説であり、革命家に対する自己鍛錬の必要性、協同社会の建設、男女平等と女性の社会的自立といったテーマを扱い、後世の社会運動に大きな影響を及ぼしました。レーニンも同名の著書を著すなど、彼の影響は多岐に渡ります。しかし、一方で、反自由主義的な側面もレーニンに影響を与えたと指摘されています。また、ウラジーミル・ナボコフは、小説『賜物』においてチェルヌイシェフスキーを風刺的に描いています。

晩年と死

1889年、病気のため帰郷を許され、同年10月29日、脳溢血により61歳で生涯を閉じました。

邦訳

チェルヌイシェフスキーの著作は、日本語にも多数翻訳されています。

何を為すべきか（神近市子訳、1931年）
現実に対する芸術の美学的関係（石山正三訳、1948年）
何をなすべきか（石井秀平訳、1948年）
「J.S.ミル経済学原理」への評解（西沢富夫訳、1951年）
哲学の人間学的原理（松田道雄訳、1955年）
資本と労働（石川郁男訳、1965年）
何をなすべきか（金子幸彦訳、1978-80年）
革命的民主主義教育論 1（小沢政雄、海老原遥訳、1978年）
「J.S.ミル経済学原理」への評解（副島種典訳、1979年）
農村共同体論（石川郁男訳、1983年）
何をなすべきか（浪江啓子訳、1985年）
チェルヌィシェーフスキー著作選集 1・2（森宏一訳、1986-87年）

参考文献

N・ヴァレンチノフ『知られざるレーニン』（風媒社、1972年）

関連項目

ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ
ヴィッサリオン・ベリンスキー
アレクサンドル・ゲルツェン
カール・マルクス
ゲオルギー・プレハーノフ
ウラジーミル・レーニン
イスクラ

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