ネヴィル・マリナー

ネヴィル・マリナー卿（Sir Neville Marriner、1924年4月15日 - 2016年 10月2日）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍したイギリスの著名な指揮者であり、キャリアの初期にはヴァイオリニストとしても活動した音楽家です。イングランドのリンカンシャーに生まれたマリナーは、まずヴァイオリニストとして音楽の道を歩み始めました。

音楽教育は、ロンドンの王立音楽大学で基礎を築いた後、フランスのパリ音楽院でさらに研鑽を重ねました。オーケストラ奏者としては、フィルハーモニア管弦楽団やロンドン交響楽団でヴァイオリン奏者を務め、実地での経験を積みました。この頃、古楽研究者のサーストン・ダートと共に、初期音楽の演奏を目的とした「ジャコビアン・アンサンブル」を結成するなど、既成の枠にとらわれない活動にも関心を示していました。その後、アメリカのメイン州ハンコックで開催されていたピエール・モントゥーの音楽学校に参加し、指揮法を本格的に学び始め、活動の中心をヴァイオリン演奏から指揮へと移していくことになります。

マリナーの音楽家としての最大の功績の一つは、1959年に自らが設立したアカデミー室内管弦楽団（Academy of St. Martin-in-the-Fields）です。この楽団は、ロンドンのセント・マーティン・イン・ザ・フィールズ教会で演奏活動を始めたことからその名がつけられました。彼はこの楽団の音楽監督として長年にわたりタクトを振り続け、バロックから古典派にかけての作品を中心に、洗練された透明感のあるアンサンブル・サウンドを追求しました。アカデミー室内管弦楽団との活動は、彼のキャリアにおいて最も重要かつ長く続いたものであり、その演奏は世界中で高く評価されました。

アカデミー室内管弦楽団での活動と並行して、マリナーは世界の主要なオーケストラからも招かれ、その手腕を発揮しました。1969年から1979年にかけてはロサンジェルス室内管弦楽団の、1979年から1986年まではミネソタ管弦楽団の、そして1983年から1989年まではシュトゥットガルト放送交響楽団の音楽監督を歴任し、各地でオーケストラの水準向上に貢献しました。1992年以降は、スペインのカダケス管弦楽団の首席客演指揮者も務めるなど、晩年まで意欲的に活動しました。日本にも度々訪れており、1972年にはアカデミー室内管弦楽団と共に初来日を果たしました。また、日本のNHK交響楽団の定期演奏会にも、1979年以降複数回にわたり客演しています。

マリナーのレパートリーは非常に広範で、バロック音楽から古典派音楽を主軸としつつも、ロマン派以降のチャイコフスキーや、20世紀のレスピーギ、バルトークに至るまで多岐にわたります。特にモーツァルト作品の解釈には定評があり、アカデミー室内管弦楽団と共に録音したモーツァルトの交響曲全集やピアノ協奏曲全集などは、その代表的な成果と言えるでしょう。また、弦楽合奏曲に対する特別な思い入れがあり、バロックや古典派の傑作に加え、イギリスや北欧の美しい弦楽作品も積極的に取り上げました。彼の名前は、膨大な数の録音とも結びついており、クラシック音楽史上でも有数の多作な指揮者として知られています。中でも、映画『アマデウス』（1984年公開）の音楽を担当したことは広く知られており、サウンドトラックに収録されたマリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団によるモーツァルト作品の演奏は、映画の成功と共に世界中の人々に親しまれました。このサントラ盤は、クラシック音楽のアルバムとしては異例の大ヒットを記録しています。

その長年の功績が称えられ、1985年にはイギリスのナイト号を授与され、「サー」の称号を持つことになりました。私生活では、息子のアンドリュー・マリナーがロンドン交響楽団の首席クラリネット奏者を務めるなど、音楽一家としても知られています。

ネヴィル・マリナー卿は、2016年 10月2日に92歳でその生涯を閉じました。彼が残した、アカデミー室内管弦楽団と共に作り上げた瑞々しく洗練された音楽は、今なお多くの聴き手に愛されています。

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