ノルデスチ

ノルデスチ（Nordeste）

ブラジルのポルトガル語で「ノルジスチ」に近い発音を持つ「ノルデスチ」は、文字通りポルトガル語で「北東部」を意味します。この言葉は、ブラジル北東部に位置するバイーア州、セルジッペ州、アラゴアス州、ペルナンブーコ州、パライーバ州、リオ・グランデ・ド・ノルテ州、セアラー州、ピアウイ州、マラニョン州の計9州を含む広範な地域を指し、同時にこの地域に育まれた様々な音楽の総称としても使われます。

音楽ジャンルとしての位置づけ

日本では、ブラジル音楽を語る上で、サンバやボサノヴァ、MPBなどと並んで「ノルデスチ」が一つの音楽ジャンルとして認識され、広く親しまれています。特に1990年代初頭のブラジル音楽ブームをきっかけに、この地域の音楽がまとめて紹介される中で定着しました。しかし、ブラジル本国では「ノルデスチ」という特定の音楽ジャンル名として使われることはほとんどありません。一般的には、地域固有の音楽を指す際に「Música Regional（地域的音楽）」や「Música tradicional（伝統的音楽）」といった表現が使われますが、これらがノルデスチ地域のみを指すわけではありません。

特徴的な音楽性

ノルデスチ音楽は、この土地に古くから伝わるヨーロッパ、アフリカ、そして先住民インディオの音楽が混ざり合い、融合した豊かな源流を持ちます。このため、ブラジル本来の伝統や文化的アイデンティティを色濃く感じさせる楽曲が多いのが特徴です。乾季が厳しく干ばつに見舞われる自然環境、社会的な不平等や人種差別の悲哀、そして人々のたくましい日常生活が主な題材となり、しばしば短調のメロディが多く、聴く者にブラジル内陸部の乾いた大地や、どこか物悲しいサウダージ（郷愁）を想起させます。その一方で、アフリカ系の住民が多い地域であることから、多様な民俗的リズムが渾然一体となり、非常にダンサブルな楽曲も豊富です。サンフォーナ（アコーディオン）、フォーリ（横笛）、ピファノ（竹笛）、ザブンバ（低音太鼓）、ハベカ（弦楽器）、パンデイロ（タンバリン状の楽器）など、様々な民族楽器が用いられることも特徴です。

他ジャンルとの関係性

ブラジル音楽を紹介する文脈では、ノルデスチが独立したジャンルとして扱われることが多いですが、1950年代以降、ロックやジャズなど現代的な音楽との融合が進み、MPBやロックといった他のジャンルとの境界が曖昧になっている楽曲も多数存在します。明確にジャンルを区別することは時に困難です。また、ブラジルを象徴するサンバも、ノルデスチ地域のサルバドール（バイーア州）が発祥とされています。ドリヴァル・カイーミをはじめ、ノルデスチ出身の著名なサンバミュージシャンも多く、音楽の根底にある思想性や出自を考慮して、サンビスタでありながらノルデスチに分類されることもあります。

多様な下位ジャンル

ノルデスチ音楽は、各地に残る民俗的なリズムや舞踊、歌謡、楽器などに由来する多くの下位ジャンルに細分化されます。狭義には、カヴァリョ・マリーノ、カポエイラのリズム、カボクリーニョス、コーコ、シランダ、フォホー（ショッチ、シャシャード、バイオン、ピファノ等を含む）、フレヴォ、ブンバ・メウ・ボイ、マラカトゥーといった古典的な民俗音楽を指すことがありますが、一般的な定義では、マンギ・ビート、アシェ・ミュージック、トリオ・エレトリコなど、現代的な音楽との融合を経て生まれたジャンルも含まれます。さらに広義には、地理的に近く、音楽的な交流が盛んなパラ州の音楽（カリンボー、ブレガ、ランバダ、ルンドゥなど）を含むこともあります。

この地を代表する音楽家たち

ノルデスチ音楽には、その豊かな多様性を体現する多くの音楽家がいます。フォホーの巨匠「バイオンの王様」ルイス・ゴンザーガ、「リズムの王様」ジャクソン・ド・パンデイロ、フレヴォの創始者カピバといった伝説的人物に加え、アントニオ・ノブレガ、ジェラルド・ヴァンドレー、アルセウ・ヴァレンサ、ジェラルド・アゼヴェード、エルバ・ハマーリョ、エドゥ・ロボ、メストリ・アンブロージオなどがこの音楽の発展に貢献しました。現代においては、マンギ・ビートのシコ・サイエンスやムンド・リヴリ・s/a、アシェ・ミュージックのカルリーニョス・ブラウン、ダニエラ・メルクリ、イヴェッチ・サンガロなどが代表的な存在です。また、エグベルト・ジスモンチやナナ・ヴァスコンセロスのように、ノルデスチにルーツを持ちながらワールドミュージックやジャズの世界で活躍するアーティストもいます。

音楽の背景にある文化的意義

ノルデスチ音楽が持つ最も重要な点は、たとえ現代的なサウンドであっても、その地域の風土、気質、歴史、伝統を深く映し出し、地域固有のアイデンティティを力強く表現する傾向が強いことです。これは他のブラジル地域ではあまり見られない特徴です。そのため、ノルデスチ音楽を理解するには、その地域の文化的背景、特に地域主義的な側面、植民地時代に先進地域であった歴史的な側面、そして祝祭などを通じて今も息づく多様な民俗音楽の側面を合わせて理解することが不可欠です。

地域主義的な観点からは、厳しい自然環境や根強く残る貧困への郷愁、そして社会的な抑圧に対する不満を歌に込める姿勢は、感情を言葉や音楽で表現することを重視するこの地域の文化的気質から生まれています。植民地時代に経済的中心でありながら、その後長期にわたり貧困にあえいだ歴史的な経緯や、何度か独立運動が起こった地域主義的な思想も、権力への反抗や既存秩序への異議といった形で音楽に表れています。

歴史的な観点からは、ノルデスチ地域は植民地時代の首都が置かれ、ヨーロッパ文化を吸収したブラジル初期の伝統を今も受け継いでいます。20世紀前半にブラジルの国民的アイデンティティが形成される過程で、ジルベルト・フレイレのような知識人がこの地域から輩出され、社会学者セルジオ・ブアルキ・ヂ・オランダもブラジルの「根源（Raízes do Brasil）」としてこの地を重視しました。これらの背景から、ブラジル人にとってノルデスチ音楽は、ブラジル本来のルーツを呼び起こすものとして特別な意味を持っています。また、この地域に歴史的に多かったアフリカ系やインディオの人々が、それぞれの音楽的伝統をヨーロッパ音楽と融合させたことで生まれた多様な音楽の混交と融合こそが、植民地支配を経て形成されたブラジル固有の音楽性として高く評価されています。

民俗的な観点からは、ノルデスチ音楽の源流となる個々の民俗音楽は、バイーアやレシフェのカーニバルをはじめとする地域の祝祭の音楽や舞踏として、今も各地で受け継がれ、発展を続けています。これらの祝祭からは、サルヴァドールのカーニバルから生まれたトリオ・エレトリコ、フレヴォ、アフォシェ、アシェ・ミュージックや、レシフェのカーニバルから生まれたフレヴォ、マンギ・ビートなど、新たな音楽も生み出されています。ノルデスチ音楽のルーツは、単なる過去の遺産ではなく、地域の生活や祝祭の中で今もなお生み出され続けているのです。

関連項目

ブラジル音楽
ラテン音楽
民族音楽
ワールドミュージック
ラテンアメリカ文学
ブラジル関係記事の一覧
映画『モロ・ノ・ブラジル』
映画『小さな楽園』

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