ノヴェンバー・ステップス

『ノヴェンバー・ステップス』：武満徹が切り開いた音楽の新たな地平

『ノヴェンバー・ステップス』（November Steps）は、1967年に武満徹が作曲した、琵琶、尺八とオーケストラのための音楽作品です。この作品は、ニューヨーク・フィルハーモニックによって初演され、武満徹が国際的な名声を確立するきっかけとなりました。この作品は、単に東洋と西洋の楽器を組み合わせただけでなく、両者の音楽的伝統と可能性を深く探求した、革新的な試みとして高く評価されています。

作曲の背景

武満徹が邦楽器に目を向け始めたのは、1962年の映画『切腹』の音楽制作がきっかけでした。その後も『暗殺』、『怪談』、そしてNHK大河ドラマ『源義経』といった作品で、琵琶奏者の鶴田錦史、尺八奏者の横山勝也と共同で音楽制作を重ねます。これらの経験が、琵琶と尺八のみの純音楽作品『エクリプス』の誕生へとつながります。これは、武満にとって初の邦楽器のみの純音楽作品であり、琵琶と尺八という組み合わせは、それまでの邦楽の歴史には見られないものでした。

『エクリプス』の録音を聴いた、ニューヨーク・フィルハーモニックの副指揮者であった小澤征爾は、同フィルの音楽監督レナード・バーンスタインにこの曲を紹介しました。バーンスタインはこの作品を非常に気に入り、武満にこれらの日本の楽器とオーケストラのための協奏曲を依頼しました。そして、ニューヨーク・フィルハーモニック125周年記念の委嘱作品として、『ノヴェンバー・ステップス』が作曲されることになったのです。

初演と反響

1967年 11月9日、ニューヨークのリンカーン・センターで、鶴田錦史と横山勝也のソロ、小澤征爾の指揮により、ニューヨーク・フィルハーモニックが『ノヴェンバー・ステップス』を初演しました。この初演は大成功を収め、武満徹の名は世界に知られるようになりました。初演には、バーンスタインの他に、アーロン・コープランドやクシシュトフ・ペンデレツキといった著名な作曲家も同席しており、バーンスタインは「これは強い生命の音楽だ」と涙ながらに絶賛したと伝えられています。

この作品は、ニューヨーク・フィルハーモニック125周年記念の委嘱作品の一つであり、他にも多くの作曲家が委嘱を受けています。具体的には、アーロン・コープランドの「Inscape」、ロベルト・ジェラールの「Symphony No.4 “New York”」、ニコラス・ナボコフの「Symphony No.3 “A Prayer”」などが挙げられます。

楽曲構成

作曲に専念するため、武満は軽井沢のアトリエに滞在しました。その際、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』と『遊戯』の楽譜を携えていたそうです。『ノヴェンバー・ステップス』の作曲が難航する中で、ドビュッシー作品の模写として『ノヴェンバー・ステップス第2番』（後に『グリーン』と改題）が先に完成しています。

当初、武満は曲のタイトルを『ウォーター・リング』と考えていましたが、友人の画家ジャスパー・ジョーンズの助言を受け、初演が11月になることも考慮して、『ノヴェンバー・ステップス』（十一月の階梯）というタイトルに変更しました。

曲は、11の連続した「段」（ステップ）から構成されています。琵琶と尺八のソロパートは、五線譜で書かれているものの、音符ではなく玉のみが書かれ、音価は示されていません。演奏家は「間」の取り方を比較的自由に解釈できますが、演奏法は細かく指示されています。特に、長時間にわたるカデンツァ部分（第十段）は図形楽譜で書かれており、演奏家の創造性が大きく求められます。これらの書法は、前作『エクリプス』から引き継がれたものですが、当時のアメリカ実験音楽の影響も受けており、偶然性の音楽を邦楽の伝統的感覚と結びつける意味合いもありました。初演者以外の演奏ではさまざまな試行錯誤があったものの、初演者である鶴田と横山は作曲者と相談の上、図形楽譜の約束事に従って演奏を固定化しました。そのため、現在では琵琶と尺八の演奏はほぼ固定されています。

楽器編成と演奏

スコアには、楽器の配置が詳細に指定されています。弦楽器群、打楽器、ハープは舞台上で左右に分かれて配置され、独奏楽器である琵琶は左側、尺八は右側に位置します。オーケストラは、木管楽器、金管楽器、打楽器、ハープ、弦楽器で構成されており、それぞれの楽器が左右に分かれて配置されます。

『ノヴェンバー・ステップス』は、初演以降、多くの指揮者とオーケストラによって演奏されてきましたが、ソロパートはほとんどが鶴田錦史と横山勝也によって演奏されました。鶴田は150回までは演奏回数を数えていましたが、その後はわからなくなったと語っています。現在では、彼らの次世代の演奏家たちへと演奏が受け継がれています。特に、間の取り方や図形楽譜によるカデンツァの演奏方法は、伝統邦楽と同様にほぼ口伝で指導されているとされています。

音楽的特徴と評価

この作品のオーケストラの徹底した前衛的な語法は、琵琶と尺八の伝統的な五音音階の印象を完全に覆い隠し、楽器の持つ「障り」（ノイズ）を最大限に引き出します。この作品の評価は、西洋音楽と東洋音楽の「融合」であるとする意見もあれば、邦楽と洋楽の、さらには琵琶と尺八の「拮抗」であるとする意見もあります。しかし、同時期の武満作品と比較すると、『ノヴェンバー・ステップス』は一元的なクライマックスを求めるテクスチュアがそれほど強くなく、むしろ邦楽器の持つテンションを保つためにオーケストラのテンションを徹底して分散させ、邦楽器を際立たせている点が大きな特徴と言えます。

武満自身は、この作品について「オーケストラに対して、日本の伝統楽器をいかにも自然にブレンドするというようなことが、作曲家のメチエであってはならない。むしろ、琵琶と尺八がさししめす異質の音の領土を、オーケストラに対置することで際立たせるべきなのである」「洋楽の音は水平に歩行する。だが、尺八の音は垂直に樹のように起る」と述べています。

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