ハインリヒ・マン

ルイス・ハインリヒ・マン

ルイス・ハインリヒ・マン（Luiz Heinrich Mann, 1871年3月27日 - 1950年3月11日）は、20世紀前半のドイツを代表する作家であり文芸評論家です。著名な作家トーマス・マンの兄としても知られています。

生涯と文学への道

北ドイツの都市リューベックにて、裕福な穀物商であり船主でもあった家庭の長男として生まれました。幼少期から文学に強い関心を示し、国内外の様々な作品を読み耽りました。高校卒業後、1889年にドレスデンで書店員となり、この頃から小説執筆に取り組み始めます。翌1890年にはベルリンに移り、別の書店に勤務する傍ら、ベルリン大学で哲学や文献学の講義を聴講しました。

1891年の父の死去に伴い、母と弟妹たちはミュンヘンに移住しますが、ハインリヒは父の遺産を元にフランスを経てイタリアへ渡ります。フィレンツェに滞在し、当初は画家を志していましたが、1895年に弟トーマスが訪れたのを機に、ローマやパレストリーナで数ヶ月を共に過ごす中で、文学への情熱を再び燃え上がらせました。この文学的関心の高まりは、1896年頃に雑誌『二十世紀』の刊行へと繋がります。

作家としての歩みと代表作

本格的な作家活動は、1894年に最初の長編小説『ある家庭のなか』を執筆したことから始まります。1900年には長編『無何有郷にて』を発表し、以後多くの長編や短編作品を世に送り出しました。しかし、同年に処女長編『ブッデンブローク家の人々』で既に高い評価を得ていた弟トーマスに比べると、当初その名声では一歩遅れをとっていました。

ハインリヒ・マンは、当時の社会や権威主義を鋭く風刺する作風で知られます。その代表作の一つである1905年発表の長編『ウンラート教授』は、後に1930年に『嘆きの天使』として映画化され、女優マレーネ・ディートリヒの主演も相まって世界的な大ヒットとなりました。

『ウンラート教授』と同様に社会諷刺をテーマとした大作として、1911年から1925年にかけて発表された三部作『帝国』（『臣下』『貧しき人々』『頭領』）があります。特に第一部『臣下』は1915年の刊行時に発禁処分を受けましたが、1918年に再刊されると、当時のドイツの状況を予見した作品として予想外のベストセラーとなりました。1911年からは戯曲の執筆も手がけ、1914年には自身が書いた『偉大なる愛』の舞台稽古を通じて知り合った女優マリア・カノヴァと結婚しました。

政治的姿勢と亡命

第一次世界大戦中、ドイツの戦況が悪化するにつれて、開戦前に書かれた『臣下』や戦時中のエッセイ『ゾラ』などが、ドイツの権威主義を批判し、敗北を予言した作品として改めて注目を集めました。戦後のヴァイマル共和国時代には、ハインリヒ・マンは民主主義や統一ヨーロッパの思想を積極的に提唱し、ドイツを代表する指導的な文学者、そして有力な文芸評論家として活躍します。この間、ドイツの伝統文化を擁護する立場をとっていた弟トーマスとは思想的な対立が生じ、トーマスは著作『非政治的人間の考察』（1918年）で兄の姿勢を批判しています。

1925年にはピレネー山脈への旅の途中で短編「コーベス」を執筆。この作品では、表現主義的手法を用いて近代産業社会の非人間性を風刺しています。1931年にはプロイセン芸術アカデミーの文芸部門長に選ばれるなど、公的な評価も得ました。この時期にも統一ヨーロッパの思想を保ちながら作品を発表しますが、必ずしも成功を収めることはできませんでした。私生活では1930年に妻マリアと離婚しています。

ナチスの勢力が拡大するにつれて、ハインリヒ・マンは繰り返し警鐘を鳴らしましたが、1933年にナチスが政権を掌握すると、アカデミーを追放され、フランスへの亡命を余儀なくされました。ナチスが行った悪名高い焚書では、ハインリヒ・マンの著書もその対象となり、さらにドイツ市民権も剥奪されました。1935年にはフランスで開催された反ファシズム国際作家会議に参加し、アンドレ・ジッドやルイ・アラゴンらと共に人民戦線の活動に身を投じました。亡命中、フランス国王アンリ四世を主人公とした歴史大作『アンリ四世の青春』『アンリ四世の完成』の二部作を完成させています。

第二次世界大戦が始まり、1940年にドイツがフランスに侵攻すると、ハインリヒは弟トーマスの後を追うように、当時の妻ネリー・クレーガーと共にリスボンを経てアメリカ合衆国へ亡命しました（ネリーは1944年に睡眠薬自殺）。ロサンゼルスに居を構え、いくつかの作品を執筆しましたが、かつてのような広い注目を集めることは難しく、作品は難解であると評されることもありました。

戦後、1947年にはベルリン大学から名誉博士号が授与され、東ドイツ芸術アカデミーの総裁にも選ばれるなど、ドイツからの評価も回復しました。アカデミー総裁就任のために故国への帰還を準備していた最中の1950年、アメリカでその生涯を閉じました。

主な作品

ハインリヒ・マンは多作な作家であり、その著作は小説、戯曲、評論など多岐にわたります。主要な長編小説には『無何有郷にて』、『ウンラート教授』、『小さな町』、三部作『帝国』（『臣下』、『貧しき人々』、『頭領』）、そして亡命中に執筆された歴史小説『アンリ四世』二部作などがあります。

評論集としては『権力と人間』、『理性の独裁』、『精神と行為』などが知られています。これらの作品を通じて、彼は社会の不正義を批判し、人間の尊厳、そして平和と民主主義の価値を生涯にわたり訴え続けました。

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