ハイ・ホープス (ブルース・スプリングスティーンのアルバム)

ハイ・ホープス (High Hopes)

『ハイ・ホープス』は、アメリカのロックミュージシャン、ブルース・スプリングスティーンが2014年に発表した通算18作目のスタジオ・アルバムです。前作『レッキング・ボール』からおよそ2年ぶりにリリースされた本作は、過去に制作されながら未発表となっていた楽曲やアウトテイク、既存曲のリメイク、そしてカバー曲で構成されており、通常のスタジオアルバムとは一線を画す内容となっています。スプリングスティーン自身は、このアルバムを「過去10年間でまだ世に出ていない最高の作品群」を集めたものと位置づけています。

制作背景

アルバムの制作は、2012年12月9日に始まりました。スプリングスティーンはプロデューサーであるアニエロに連絡を取り、古い未完成のデモ音源について話し合ったことからプロジェクトがスタートします。制作の大部分は、スプリングスティーンとEストリート・バンドが「レッキング・ボール・ワールド・ツアー」で世界中を回っている最中に進められました。アニエロはロサンゼルスでプロデュース作業を開始し、ツアーの合間を縫って、ニュージャージー、ロサンゼルス、オーストラリア、ニューヨークといった各地でレコーディングが行われました。プロデューサーのアニエロは、当時ツアーと並行して精力的にスタジオ作業を行うスプリングスティーンの集中力と情熱について、「彼の年齢であのように働き続ける姿は見たことがなかった。スタジオに15時間もこもりきりだった」と回想しています。レコーディングにはEストリート・バンドのメンバーに加え、同ツアーに帯同していたトム・モレロ（レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなど）がギタリストとして、そして惜しくも既に他界していたクラレンス・クレモンズ（サックス）とダニー・フェデリシ（オルガン）も過去の録音から参加しており、バンドの歴史が刻まれた作品とも言えます。

収録曲について

本作に収録された全12曲は、前述の通り多様な背景を持っています。

- ハイ・ホープス (High Hopes): アルバムタイトル曲であり、先行シングルとしてリリースされました。元々は1987年にティム・スコット・マッコネルが発表した楽曲のカバーであり、スプリングスティーン自身も1996年のEP『ブラッド・ブラザーズ』で一度取り上げています。今回の再録のきっかけは、オーストラリアツアーに参加したトム・モレロがライブ演奏を提案し、その際に会場で大きな反響を得たことにあります。
- アメリカン・スキン（41ショッツ）(American Skin (41 Shots)): 2000年に制作された楽曲で、1999年にニューヨーク市警の警察官によって射殺されたアマドゥ・ディアロ事件を題材としています。同年からライブで演奏され、2001年のライブアルバム『Live in New York City』にはライブ音源が収録されていましたが、スタジオ音源は本作で初収録となりました。
- ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード (The Ghost of Tom Joad): 1995年の同名アルバム収録曲のセルフカバーです。
- ハリーズ・プレイス (Harry's Place) および ダウン・イン・ザ・ホール (Down in the Hole): これらは2002年のアルバム『ザ・ライジング』制作時に書かれたものの、収録されなかった楽曲です。
- ザ・ウォール (The Wall): 過去にライブで数回演奏された楽曲。ジョー・グルシェキーの着想を元に、ベトナム戦争戦没者慰霊碑を訪れ、戦友であるウォルター・ショーンへの追悼として書かれました。スプリングスティーンは、ウォルターを「ジャージー沿岸地方における最初の偉大なロッカーの一人」であり、自身の若い頃のギターの師でもあった弟レイと共に率いたバンド「モティーフス」は、地元のバンドの中で抜きん出た存在だったと語っています。
- ジャスト・ライク・ファイア・ウッド (Just Like Fire Would): オーストラリアのバンド、ザ・セインツのカバー曲。2013年のオーストラリアツアー中にシドニーのスタジオで録音され、ここでもトム・モレロが特徴的なギターアレンジで参加しています。
- ドリーム・ベイビー・ドリーム (Dream Baby Dream): エレクトロニック・ミュージック・デュオ、スーサイドのカバー曲です。

リリースと評価

アルバムは2014年1月14日に米国内でリリースされました。先行シングル「ハイ・ホープス」は2013年11月に発表されています。アルバムのリリース直前には、Amazonを通じて一時的に音源がリークされるという予期せぬ出来事もありました。公式発売後、『ハイ・ホープス』は初週に99,000枚を売り上げ、全米Billboard 200チャートで自身にとって11作目となる首位を獲得しました。これは、ビートルズ（19作）、ジェイ・Z（13作）に次ぐ歴代3番目の記録です。また、全英アルバムチャートでも初登場1位を記録。日本国内でも1月29日に発売され、オリコン週間洋楽アルバムランキングで、1992年の『ヒューマン・タッチ』以来およそ22年ぶりとなる1位を獲得するなど、商業的には大きな成功を収めました。

プロモーションの一環として、アルバム収録曲の一部がテレビドラマ『グッド・ワイフ』で使用されたり、トム・モレロを迎えたリハーサル映像が公開されたりしました。また、本作の制作過程を追ったドキュメンタリーがHBOやYouTubeで公開されています。さらに、アルバム収録から外れた楽曲を含む4曲入りの12インチEP『American Beauty』がレコード・ストア・デイ限定でリリースされました。

批評家からの評価は分かれました。主要なレビューの平均点を集計するMetacriticでは、42件のレビューに基づき100点満点中67点と、「概ね好意的」と評価されましたが、意見の幅は広かったと言えます。オールミュージックのスティーヴン・トマス・アールワインは「雰囲気と物語にまとまりがない」と指摘する一方、デヴィッド・フリックはローリング・ストーン誌で「過去10年間の深淵な振り返り」「最先端の回顧録」と高く評価し、同誌の年間ベストアルバムで2位に選出しました。インデペンデント紙は主題的統一性の欠如を挙げつつもトム・モレロの貢献を称賛。一方で、アレンジの厚みが楽曲の粗を隠しているといった批判的な意見や、強力な楽曲は揃っているものの、それほどでもない曲によってアルバム全体が損なわれているといった意見も見られました。賛否両論を呼びつつも、キャリア後期のスプリングスティーンの多様な音楽的側面と、過去の遺産への向き合い方を示す作品として、注目を集めた一枚です。

LP盤は2枚組で、CDが同梱された仕様でも発売されました。また、事前予約特典として2013年に行われたライブのDVDが付属するなど、様々な形態で展開されています。

もう一度検索