ハコル

ハコル（アコリス）

ハコル（ギリシア語名：アコリス、在位：紀元前393年頃 - 紀元前380年頃）は、古代エジプト第29王朝の第三代にして最後の実質的な統治者と考えられているファラオです。第29王朝は、紀元前4世紀初頭にサイス朝（第26王朝）崩壊後の混乱期を経て成立しましたが、その支配は短命に終わりました。

ハコルが王位に就いた経緯は、前王ネフェリテス1世の死去に伴う後継者争いと密接に関わっています。ネフェリテス1世の死後、正統な後継者とされる王子のプサムティスと、別の有力者との間で権力闘争が勃発しました。ハコルは、この争いに介入し、両者を退ける形で王位を奪取しました。これは、第29王朝が成立当初から不安定な基盤の上に立っていたことを示唆しています。

自己の王権を正当化するため、ハコルはネフェリテス1世の孫であると詐称しました。これは、王朝の創始者であるネフェリテス1世の血統に連なることで、権力奪取の非正当性を覆い隠そうとする試みでした。彼はこの主張を補強するため、自らの息子にネフェリテスと名付け、さらに記念碑を建立して、この偽りの系譜を刻ませました。このような行動は、当時のエジプトにおけるファラオの正統性が、血統にいかに重きを置いていたかを示しています。

ハコルの治世は約14年間と短いものでしたが、彼は積極的に国内のインフラ整備や建築事業に取り組みました。自身の治績を記念する新たな建造物を各地に建設させたほか、歴代のファラオによって築かれた古代エジプトの壮大な神殿や記念碑など、重要な遺跡の大規模な修復を命じました。これは、失われた古代の栄光を回復し、自らの治世の安定と権威を国内外に示威する目的があったと考えられます。

しかし、ハコルの治世を特徴づけるのは、当時のエジプトが直面していた最大の脅威、すなわちアケメネス朝ペルシア帝国との対立です。ペルシアはエジプトを再び属州とすべく圧力を強めていました。ハコルは即位すると間もなく、ペルシアからの独立を明確に宣言し、対立姿勢を打ち出しました。当時のペルシア王アルタクセルクセス2世は、広大な帝国の支配体制を固めるべく、紀元前386年にはギリシア本土の都市国家に自治権を認める一方で、小アジアやキプロスにおけるペルシアの宗主権を再確認するといった外交政策を展開していました。

ギリシア本土におけるコリントス戦争が終結すると、ペルシアの関心は再びエジプトに向けられました。ペルシアはエジプトへの再征服を試みましたが、ハコルはこれに備え、強力な海軍を整備し、特に戦闘経験豊かなギリシア人傭兵を多数雇用するなど、軍事力の強化を積極的に進めていました。その結果、紀元前383年から約3年間にわたるペルシアの大規模な侵攻に対し、エジプトは粘り強い抵抗を展開し、独立を維持することに成功しました。これは、ハコルの指導力と彼が築き上げた軍事力がもたらした成果と言えるでしょう。

ハコルは紀元前380年に死去し、王位は息子のネフェリテス2世が継承しました。しかし、ネフェリテス2世の治世は極めて短く、1年も経たないうちに、軍司令官であったネクタネボ1世によって倒されました。これにより、第29王朝はわずか数代で断絶し、ネクタネボ1世が新たに第30王朝を樹立することになります。ハコルは、混乱期の王位争いを制し、ペルシアからの独立を守り抜いた一時的な勝利者でしたが、彼の死後、王朝は急速に終焉を迎えました。

参考文献として、ピーター・クレイトン著『古代エジプト ファラオ歴代誌』（吉村作治監修、藤沢邦子訳、創元社）などが挙げられます。

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