ハッチョウトンボ

ハッチョウトンボ（八丁蜻蛉）

ハッチョウトンボ（学名：Nannophya pygmaea）は、トンボ目トンボ科ハッチョウトンボ属に分類される昆虫です。その名の通り、日本国内に生息するトンボの中で最も小さいことで知られ、世界のトンボ類全体で見ても最小クラスの一つに数えられます。その姿は非常に小さく、まるで飛び回る宝石のような存在です。

分布

このトンボは、パキスタン、インド、ネパール、中国、台湾、マレーシア、ミャンマー、タイ、フィリピン、ニューギニア、韓国、日本、ソロモン諸島、オーストラリア北部など、主に東南アジアの熱帯地域を中心に広範囲に分布しています。しかし、DNA解析の結果、地域によって遺伝的に大きな違いが見られることが確認されており、将来的には複数の異なる種に再分類される可能性が指摘されています。

日本国内では、青森県から鹿児島県までの本州、四国、九州に分布していますが、残念ながら離島での生息は確認されていません。本州以南に広く分布するとはいえ、その生息地は局所的であり、まとまった個体群が見られる場所は限られています。さらに、近年進行する開発による生息地の破壊や、農薬などの環境汚染の影響を受けて、多くの地域でその数を著しく減少させている現状にあります。

このような状況から、地方自治体による保全への取り組みも行われています。例えば、長野県駒ヶ根市では市の昆虫に指定され、和歌山県古座川町では町指定天然記念物に指定されています。古座川町では、ハッチョウトンボの生育地となっている休耕田を買い取ったり、環境維持のための防護柵を整備したり、浅い水域を保つための盛り土を行うなど、積極的な環境づくりが進められています。

特徴

形態

成虫は極めて小型で、体長はオス・メスともに17ミリメートルから21ミリメートル程度です。特にその小ささを実感できるのは、一円玉（直径20ミリメートル）の中に頭から腹の先までがすっぽりと収まってしまうほどの大きさであるという点です。オスの体色は、羽化直後は橙褐色ですが、成熟が進むにつれて体全体が赤みを帯びていき、羽化から約20日後には鮮やかな赤色になります。一方、メスは茶褐色で、腹部には黄色や黒色の横縞模様が見られます。翅は大部分が透明ですが、付け根のあたりは美しい橙黄色に彩られています。

幼虫、いわゆるヤゴもまた非常に小さく、体長はわずか9ミリメートルほどしかありません。体色は緑がかった褐色をしていますが、湿地の泥の中に生息するため、多くの場合、体表が泥で覆われています。

生態

ハッチョウトンボは、主に平地から丘陵地、あるいは低山地にかけて見られる、水がじわじわと滲み出ているような湿地や湿原、あるいは管理された休耕田などを主な生息環境とします。まれに、尾瀬ヶ原のような標高の高い高層湿原でも見られることがあります。共通して好む環境の条件としては、日当たりが良く、ミズゴケ類、サギソウ、モウセンゴケといった湿地特有の植物が生育しており、ごく浅い水域が広がっている場所です。

成虫は通常、5月から9月にかけて姿を見せます。成熟したオスは、自身の小さな縄張りを持ち、そこに静止してメスが現れるのを待ちます。

名前の由来

「ハッチョウトンボ」という和名の由来には諸説あります。最も有力とされるのは、江戸時代の尾張地方の本草学者である大河内存真（おおこうち ぞんしん、1796-1883年）が著した『蟲類写集』の記述に基づいています。そこには、「ヤダノテツポウバハツチウメ」（矢田鉄砲場八丁目）という場所でのみ発見されたため、「ハツチウトンボ」と名付けられた、と記されています。この「矢田鉄砲場八丁目」の正確な位置は現在不明ですが、現在の名古屋市内の矢田川周辺であったと考えられています。また、別の説として、矢田河原八丁畷（現在の名古屋市千種区周辺）で発見されたことに由来するという説もありますが、この説の根拠は明確ではありません。

学名である「pygmaea」は、「Pygmaei（伝説上の小人）の～」という意味を持ち、その非常に小さな体格に由来して名付けられました。

種の保全状態評価

ハッチョウトンボは、国際自然保護連合（IUCN）のレッドリストにおいて、現時点では軽度懸念（LC: Least Concern）の指定を受けています。

しかし、日本国内においては、前述したように生息地の減少や環境悪化が深刻であり、非常に多くの都道府県でレッドリストに指定されています。環境調査における指標昆虫の一つとしても選定されており、その存在が地域の自然環境の健全性を示す目安となっています。

以下に、日本の都道府県によるレッドリスト指定状況の一部を示します。

絶滅: 埼玉県、東京都本土部
絶滅危惧IA類（CR）: 山梨県、高知県
絶滅危惧I類（EN）: 群馬県、香川県、愛媛県
絶滅危惧IB類（VU）: 静岡県、長崎県、大分県
絶滅危惧II類（NT）: 宮城県、奈良県、鳥取県、広島県、佐賀県、熊本県、宮崎県
準絶滅危惧（NT）: 秋田県、山形県、京都府、大阪府、和歌山県、島根県、徳島県
希少種（環境省準絶滅危惧相当）: 茨城県、富山県
Cランク（兵庫県独自、環境省準絶滅危惧相当）: 兵庫県
その他: 岩手県（Dランク）、栃木県（要注目）、福井県（要注目）、岡山県（希少種）、鹿児島県（分布特性上重要）

ハッチョウトンボ属

ハッチョウトンボが分類されるハッチョウトンボ属（Nannophya）には、現在までに7種が知られています。しかし、その中で日本に自然分布するのはハッチョウトンボ（Nannophya pygmaea*）の1種のみです。他の主な種はオーストラリアやインドなどの地域に分布しています。

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