ハーバート・リード

サー・ハーバート・エドワード・リード：詩人、批評家、そしてアナキスト

サー・ハーバート・エドワード・リード(1893年-1968年)は、20世紀イギリスを代表する多才な文化人でした。詩人、文芸批評家、美術批評家として名を馳せ、ロマン主義的な作風と鋭い批評眼で知られています。第一次世界大戦での従軍経験は、彼の作品や思想に大きな影響を与え、戦後は美術評論家としての活動が中心となります。1953年には、イギリス文学への貢献を認められ、ナイト爵の称号を授与されました。

詩作と批評活動

イングランド北部、ノース・ヨークシャーのカービームアサイドという小さな町に生まれたリードは、リーズ大学に進学しますが、第一次世界大戦の勃発により学業を中断、フランス戦線に送られます。戦場での経験は彼の詩作に反映され、1915年の処女詩集『混沌の歌』や、戦争の悲惨さを描いた1919年の『裸の戦士』など、多くの詩作品を発表しました。イマジズムの影響が見られる彼の詩は、主に自由詩の形式で書かれています。また、1946年には詩作品全集が出版され、1966年に改訂版が刊行されています。

詩作に加え、文芸批評家としても活躍しました。特にイギリス・ロマン主義詩人を中心とした批評は高く評価されています。1953年の『ほんものの感情の声―イギリス・ロマン主義詩研究』はその代表的な著作です。さらに、小説『グリーン・チャイルド』も発表しています。また、『クリテリオン』や『リスナー』といった著名な雑誌に定期的に寄稿し、長年にわたり芸術批評を展開しました。

美術批評家としてのリード

しかし、リードの知名度を決定づけたのは、美術批評家としての活動です。彼はポール・ナッシュ、ベン・ニコルソン、ヘンリー・ムーア、バーバラ・ヘップワースといった、20世紀イギリスを代表する現代芸術家たちをいち早く高く評価し、現代芸術グループ「ユニット・ワン」にも参加しました。エディンバラ大学で美術教授を務めたほか、『バーリントン・マガジン』の編集にも携わり、現代美術の潮流をリードする存在でした。1936年にはロンドン国際シュールレアリズム展の企画にも参画、シュールレアリスムのカタログを編集するなど、幅広い活動を見せました。テート・ギャラリーの理事、ヴィクトリア＆アルバート美術館の館長も歴任しています。さらに、1947年にはICA（現代美術会館）の設立にも関わっています。

アナキズムと芸術

リードは1953年にナイト爵に叙せられますが、政治的には静寂主義的なアナキストでした。彼の政治的著作と芸術・文化に関する著作は密接に結びついており、人間意識の表現として芸術と政治は不可分であると考えていました。1941年の『文化なんて糞食らえ』では、芸術家を職人として捉え、既存の文化への批判を展開しました。

哲学と美学

リードの芸術理論は、シェリング、フィヒテ、コールリッジといったドイツ観念論の伝統に根ざしています。彼は、現実とは客観的な事実ではなく、人間の精神が投影するものであると考えました。マルクス主義が台頭する中、彼の非マルクス主義的な哲学は、独自の芸術理論を支える土台となりました。芸術はブルジョワ社会の産物ではなく、人間の意識の発展と不可分な心理学的過程であり、生物学的現象でもあると主張しました。また、彼は精神分析学やユング心理学にも関心を持ち、それらを芸術批評に積極的に取り入れた先駆者の一人でもあります。フランスの実存主義にも早くから関心を示し、多くの影響を受けたとされています。

没後と再評価

1968年に亡くなったリードは、しばらくの間忘れられた存在となりました。しかし、彼の著作は読み継がれ、1990年代以降、再評価の機運が高まっています。1993年のリーズ市立アート・ギャラリーでの回顧展や、2004年のテート・ブリテンでのカンファレンスなどが、その流れを象徴しています。

主な著作

リードは80冊以上の著作を残しました。日本では、美学を論じた著作が主に翻訳されていますが、詩集や政治に関する著作も多く存在します。『芸術による教育』（1943年）は、芸術を基礎とするラディカルな教育システムを提案した大著です。また、『イコンとイデア』（1955年）は彼の美学思想を代表する著作です。その他、『グリーン・チャイルド』、『芸術と社会』、『アナキズムの哲学』など、多岐にわたる分野で重要な著作を残しています。これらの著作は、現代においても、芸術、文化、政治、教育に関する重要な示唆を与え続けています。彼の多様な業績は、20世紀の知的・文化的風景を理解する上で欠かせないものです。

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