バジル・ホール・チェンバレン

バジル・ホール・チェンバレンとは

バジル・ホール・チェンバレン（Basil Hall Chamberlain, 1850年10月18日 - 1935年2月15日）は、イギリス出身の日本研究家であり、東京帝国大学文学部の名誉教師を務めました。明治時代に38年間（1873年～1911年）日本に滞在し、アーネスト・サトウやウィリアム・ジョージ・アストンと並び、19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も著名な日本研究家の一人とされています。彼は、俳句の英訳を最初期に行った人物の一人であり、『日本事物誌』や『口語日本語ハンドブック』などの著作、『君が代』や『古事記』の英訳、そしてアイヌや琉球の研究でも知られています。「王堂」と号し、署名には「チャンブレン」と記していました。

生い立ちと教育

チェンバレンは1850年、イギリスのポーツマス近郊で生まれました。父親はイギリス海軍少将のウィリアム・チェンバレンで、ブラジルで育ちました。父方の曾祖父は第8代ウェストモーランド伯爵の子であるヘンリー・フェインで、祖父は庶子としてチェンバレン家を興し、ブラジル臨時代理大使などを務めたヘンリー・チェンバレン準男爵です。母親は『朝鮮・琉球航海記』の著者であるイギリス軍人バジル・ホールの娘エリザベス・ジェインでした。また、政治評論家・脚本家・人種理論家のヒューストン・チェンバレンは彼の末弟で、作曲家リヒャルト・ワーグナーは義理の親戚であり、晩年にはワーグナー家とも交流がありました。

1856年、母親の死後、チェンバレンは弟たちと共に父方の祖母アン・ユージニアとヴェルサイユで暮らし、祖母と叔母らに育てられました。幼少期から英語とフランス語の両方で教育を受け、フランスではドイツ語も学びました。リスボン出身の祖母は、イギリス人の父とドイツ系デンマーク人の母を持ち、国際的な環境で育ち、チェンバレンも多文化の影響を受けて成長しました。

オックスフォード大学への進学を望んでいましたが叶わず、ベアリングス銀行に就職しました。しかし、銀行での仕事に馴染めず神経症を患い、その治療のためイギリスから目的地を定めずに出航しました。

日本での活動

1873年5月29日、お雇い外国人として来日したチェンバレンは、翌1874年から1882年まで東京の海軍兵学寮（後の海軍兵学校）で英語を教えました。1882年には『古事記』を完訳しています。1886年からは東京帝国大学の外国人教師となり、『口語日本語ハンドブック』（1888年）、『日本事物誌』（1890年初版）、『文字のしるべ』（1899年初版、1905年第二版）など、多くの著作を発表しました。

『日本事物誌』では、新渡戸稲造の著書『武士道』に触れ、「ナショナリスティックな教授」と批判的な見解を示しました。また、W.B.メーソンと共同で、旅行ガイドブック『マレー』の日本案内版である『日本旅行ハンドブック』（1891年）を執筆し、これは多くの版を重ねました。1904年頃から箱根の富士屋ホテルに滞在し、近くに文庫を建てて研究を続けましたが、眼病を患い、1911年3月4日に日本を離れ、東京帝大名誉教師となりました。その後はジュネーヴに居住しました。箱根宮ノ下には、堂ヶ島渓谷遊歩道が「チェンバレンの散歩道」として知られています。

交友関係

チェンバレンは、ラフカディオ・ハーン（小泉八雲）と親交がありましたが、後に疎遠となりました。しかし、二人の間には往復書簡が残されています。ハーンの死後には、チェンバレンは追悼文を歌誌「心の花」に寄稿しました。また、チェンバレンの秘書で、親子同然の間柄であった杉浦藤四郎(1883–1968)の蔵書、書簡等からなる「チェンバレン・杉浦文庫」が愛知教育大学に所蔵されています。

君が代の翻訳

1880年（明治13年）、『君が代』が日本の国歌として非公式に採用されました。『君が代』は10世紀に編纂された『古今和歌集』に収録されている短歌の一つです。チェンバレンはこの日本の国歌を翻訳しました。この歌は、皇統の永続性をテーマとしています。

俳句の翻訳

チェンバレンは、芭蕉の有名な俳句「古池や、蛙飛び込む、水の音」を以下のように英訳しました。

The old pond, aye! / and the sound of a frog / leaping into the water.

批判と評価

チェンバレンが日本語文法書を書いたことに対し、谷千生や山田孝雄のような人々は国辱的だと感じました。また、彼の西洋中心主義的な考え方も批判されました。

チェンバレンは日本文学に対し、低い評価を下し、「才能とオリジナリティ、思想、倫理的把握、奥深さ、幅広さが欠けており、詩歌も知性に欠けて可憐なだけである」と評しました。しかし、日本研究者のリチャード・バウリングは、チェンバレンの和歌の翻訳を「古色蒼然とした詩的表現のまわりに沢山のつぎはぎ」と批判し、彼の評価は、彼が考える「英語で詩的なものとは何か」が「日本の詩歌に欠けている」という意味に過ぎないと指摘しました。また、アーサー・ウェイリーもチェンバレンの翻訳に不満を持ち、日本文学論に反論しました。ラフカディオ・ハーンも、『日本事物誌』の音楽、神道、文学などの項目について異を唱えています。

主な著作

The Classical Poetry of the Japanese.（1880年）
KO-JI-KI or Records of Ancient Matters.（1882年）
The Language, Mythology, and Geographical Nomenclature of Japan Viewed in the Light of Aino Studies.（1887年）
Aino Folk-Tales.（1888年）
A Handbook of Colloquial Japanese.（1888年）
Things Japanese（1890年から1936年まで、6版を重ねた）
A Handbook for Travellers in Japan（第3版、1891年。W.B.メーソンとの共著）
Essay in aid of a grammar and dictionary of the Luchuan language.（1895年）
A Practical Introduction to the Study of Japanese Writing (Moji no Shirube)（初版1899年、第2版1905年）
"Bashō and the Japanese Poetical Epigram." Asiatic Society of Japan, vol. 2, no. 30, 1902
Japanese Poetry. 1910.
The Invention of a New Religion. 1912.
Huit Siècles de poesie française. 1927.
. . . encore est vive la Souris.（1933年）

日本語訳された著作

日本上古史評論（1888年）
戦時日本の内情を衝く（1938年）
鼠はまだ生きている（1939年）
日本事物誌（1969年）
王堂チェンバレン その琉球研究の記録（1976年）
日琉語比較文典（1976年）
日本人の古典詩歌（1987年）
チェンバレンの明治旅行案内 横浜・東京編（1988年）
日本口語文典 全訳（1999年）
日本語口語入門 第2版（1999年）
琉球語の文法と辞典 日琉語比較の試み（2005年）
文字のしるべ　影印・研究（2008年）

伝記

王堂チェンバレン先生（1948年）
近代文学研究叢書 第38巻　江見水蔭 B・H・チェンバレン 坪内逍遙（1973年）
B.H.チェンバレン 日欧間の往復運動に生きた世界人（1990年）
ネズミはまだ生きている　チェンバレンの伝記（1986年、新版2010年）

脚注と外部リンク

東京大学附属図書館のページにある略歴紹介'>バシル・ホール・チェンバレン - 東京大学附属図書館
愛知教育大学附属図書館が所蔵しているチェンバレンの蔵書、書簡など'>チェンバレン・杉浦文庫 - 愛知教育大学附属図書館
チェンバレン『日本事物誌』の各版にみられる日本語語彙
チェンバレンの著作集（原文）
* B・H・チェンバレンの日本観 - 教育科学研究報告

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