バルト・ドイツ人

バルト・ドイツ人：バルト海の東岸を彩った人々

バルト・ドイツ人（Deutsch-Balten）は、長きにわたり現在のエストニアとラトビアを舞台に、その社会、経済、政治、そして文化をリードしてきた民族集団です。数世紀にわたる歴史の中で、彼らはバルト地方の発展に多大な貢献を果たしましたが、20世紀の激動の時代を経て、その存在は大きく変容しました。本稿では、バルト・ドイツ人の歴史、民族構成、支配領域、そして近現代史における苦難と変遷について詳細に解説します。

民族の形成と多様なルーツ

700年におよぶ歴史の中で、バルト・ドイツ人の血筋は、ドイツ民族のみならず、エストニア人、ラトビア人、リーヴ人（フィン・ウゴル系）、そしてデンマーク人、スウェーデン人、アイルランド人、イギリス人、スコットランド人、ポーランド人、オランダ人、ハンガリー人など、多様な民族との混血によって形成されてきました。

ドイツ騎士団の進出と、ドイツ式の都市法の導入により、ドイツ語とドイツ文化がバルト地方に定着し、異民族との婚姻を通じて、ドイツ化が進みました。多くの人々がドイツ語を習得し、ドイツ風の名前や姓を名乗るようになりました。1881年のエストニアと1897年のラトビアの国勢調査によれば、当時それぞれ人口の5.3％、6.2％がドイツ人であったとされています。

領域と市民権：エストラント、リーフラント、クールラント

バルト・ドイツ人の居住地は、大きく3つの地域に区分されました。エストラント（現エストニア北部）、リーフラント（現エストニア南部とラトビア北東部）、そしてクールラント（現ラトビア西部）です。タリン（レヴァル）、リガ、パルヌ（ペルナウ）といった主要都市が、彼らの社会・経済の中心地となりました。東プロイセンのドイツ人も文化や言語の類似性からバルト・ドイツ人と関連付けられることがありますが、1871年のドイツ帝国統一以降はドイツ国籍であり、バルト・ドイツ人とは区別されます。バルト・ドイツ人は、1918年まではロシア帝国、その後はエストニアとラトビアの国籍を有していました。

歴史：中世から近代への変遷

中世：12世紀以降、貿易商人と宣教師、そして北方十字軍の進出に伴い、ドイツ人のバルト地方への定住が始まりました。ドイツ騎士団やリヴォニア帯剣騎士団は、キリスト教化を進めながら、リガ、タリン、ダンツィヒ、ケーニヒスベルクなどの港湾都市を建設し、ハンザ同盟にも加盟しました。

ポーランド・リトアニア時代：15世紀には、ドイツ騎士団はポーランド・リトアニア連合との抗争を経て衰退し、プロイセン公国へと変貌を遂げます。リヴォニア地方とクールラント地方は、ポーランド・リトアニア共和国の支配下に入りました。16世紀には、モスクワ国家によるリヴォニア侵略をきっかけとするリヴォニア戦争が勃発し、バルト地方は、スウェーデン、ポーランド、ロシアの支配下に分割されました。

宗教改革とスウェーデン時代：宗教改革によりバルト地方はプロテスタント化し、スウェーデンは16世紀から18世紀にかけてエストニアとリーフラントを支配し、バルト地方の繁栄に貢献しました。リガはスウェーデンの第二の都市として発展し、バルト・ドイツ語が公用語となりました。

ロシアの支配：18世紀の大北方戦争後、バルト地方はロシア帝国に併合されましたが、バルト・ドイツ人は自治権を維持しました。しかし、19世紀後半からのロシア化政策により、ドイツ語の地位は低下し、バルト・ドイツ人の権利は制限されていきました。1905年のロシア革命では、バルト・ドイツ人地主への攻撃が発生しました。第一次世界大戦中は、ロシアとドイツ帝国の間で板挟みとなりました。

バルト諸国の独立と再移住：第一次世界大戦後のロシア革命により、バルト諸国は独立を達成しました。バルト・ドイツ人は、ドイツ軍との協力も試みましたが、独立したエストニアとラトビアにおいては、その支配力は失われました。第二次世界大戦前、独ソ不可侵条約により、バルト・ドイツ人のドイツへの再移住が実施されました。

文化遺産の破壊と戦後の運命：第二次世界大戦後、バルト諸国はソ連に編入され、バルト・ドイツ人の文化遺産は破壊されました。多くのバルト・ドイツ人は西方に逃れ、残った人々は追放されました。

1989年以降：エストニアとラトビアの独立後、バルト・ドイツ人の歴史的貢献は肯定的に評価される一方、地主としての役割に対する批判も存在します。多くのバルト・ドイツ人の子孫が、ルーツをたどるためにバルト諸国を訪れています。

主要なバルト・ドイツ人

バルト・ドイツ人からは、アレクシイ2世（モスクワ総主教）、フェルディナント・フォン・ウランゲル（探検家）、ピョートル・ヴラーンゲリ（軍人）、イマヌエル・カント（哲学者）、アーダム・ヨハン・フォン・クルーゼンシュテルン（海軍提督・探検家）、ヘルマン・ヘッセ（作家※ヘッセ家はバルト・ドイツからの移民）、オリバー・カーン（サッカー選手）など、数多くの著名人が輩出されました。

結び

バルト・ドイツ人の歴史は、民族間の交流と葛藤、そして時代の変遷を映し出す複雑でドラマチックな物語です。彼らの功績と苦難を理解することは、バルト地方の歴史を深く理解する上で不可欠です。

もう一度検索