パイオニア0号

パイオニア0号（Pioneer 0）は、1958年の国際地球観測年（IGY）にあわせてアメリカ合衆国が実施した、月探査計画の最初期における試みの一つです。アメリカ空軍が主導したこの計画は、地球軌道を越えて月へ到達することを目的としていました。探査機には、月の表面、特に地球からは見えない裏側を観測するための赤外線テレビカメラや、宇宙空間を漂う微小な塵（流星塵）を検出する装置、そして地球と月の間の磁場を測定する磁気センサといった科学機器が搭載されていました。

当初は単に「パイオニア」または「パイオニア1号」と呼ばれる予定でしたが、残念ながら月への到達には至らず、ミッションが失敗に終わったことから、後に「パイオニア0号」として記録されることになりました。これは、アメリカの初期宇宙開発における、挑戦と課題を象徴する存在と言えます。

探査機の設計

パイオニア0号は、独特な形状をしていました。中心部は直径約74センチメートルの薄い円筒形で、その両端に高さ約17センチメートルの円錐台が取り付けられています。全体としての高さは約76センチメートルでした。機体の下部円錐台からは、月軌道への投入に使用される予定だった約11キログラムの固体推進ロケットが突き出しています。また、機体の姿勢を制御したり、目標の軌道に乗せるための8つの小型固体推進ロケットが、上部円錐台の周りに環状に配置されていました。これらの小型ロケットは、使用後に分離・投棄される設計でした。機体の外殻は薄いプラスチック素材でできており、宇宙空間での温度を適切に保つために、表面には明暗の縞模様が塗装されていました。上部円錐台の先端からは、通信用のアンテナの一つである磁気ダイポールアンテナが伸びていました。

探査機全体の安定を保つために、パイオニア0号は毎秒約1.8回転という速度で自転する「スピン安定方式」を採用していました。この回転軸は、おおよそ地球の子午線面に対して垂直になるように設計されていました。電力供給は、搭載機器の種類によって複数の電池を使い分けていました。ロケットの点火にはニッケル・カドミウム電池が、テレビシステムには酸化銀電池が、その他の電子回路には水銀電池が用いられました。

搭載科学機器

探査機に搭載された科学機器は、合計で約11.3キログラムと比較的小さなものでしたが、月や惑星間空間に関する貴重なデータを収集することを目的としていました。主な機器は以下の通りです。

赤外線テレビカメラ: アメリカ海軍兵器試験所（NOTS）が開発しました。これは、月の地表、特に地球から通常は見ることができない月の裏側を観測し、その様子を地球に送信することを目的としていました。
流星塵検出器: 宇宙空間に存在する小さな塵粒子、すなわち流星塵の衝突を検出する装置です。金属製の振動板とマイクロフォンを組み合わせており、流星塵が振動板に衝突すると発生する微細な音波をマイクロフォンが捉え、電気信号に変換して検出します。この信号は増幅器で処理されます。
* 磁気センサ: 地球と月の間に広がる惑星間空間の磁場を測定するために搭載されました。打上げ当時は、月自身が磁場を持っているかどうかがまだ科学的に明らかになっていなかったため、この測定は非常に重要な意味を持っていました。

通信システムは、国際地球観測年の衛星標準周波数である108.06 MHzでデータやテレメトリを地球に送信し、遠隔操作やドップラー効果による速度・位置測定に利用されました。テレビシステムも磁気ダイポールアンテナを使って送信される計画でした。地球からの指令は、115 MHzの周波数で電気ダイポールアンテナによって受信されました。

打上げと失敗

パイオニア0号は、1958年 8月17日、協定世界時（UTC）12時18分00秒に、アメリカ空軍によってフロリダ州ケープカナベラル空軍基地から打上げられました。使用されたロケットは、改修されたIRBM（中距離弾道ミサイル）である第127号ソーミサイルでした。しかし、打上げからわずか73.6秒後、高度約16キロメートルに到達した時点で、ソーの第1段ロケットが突如爆発し、探査機は破壊され大西洋に落下してしまいました。

この痛ましい失敗の原因は、ロケットの液体酸素ポンプに使用されていたターボポンプ軸受の欠陥により、ポンプが停止したためと考えられています。ロケット爆発後もしばらくの間、破壊されたペイロードや上段ステージからエラー信号が受信され続けました。これらの破片は海に落下するまで追跡されました。

当初の計画とその後

もし打上げが成功していれば、パイオニア0号は月まで約2.6日間かけて飛行する予定でした。月の近くで搭載されたTX-8-6固体推進モーターを噴射し、約2万9,000キロメートルという比較的遠い距離の月周回軌道に乗ることが計画されていました。軌道投入後は、少なくとも2週間にわたって科学観測を続ける予定でした。

パイオニア0号のミッションは、結果的には失敗に終わりましたが、これはアメリカ空軍が主導した唯一のパイオニア計画ミッションとなりました。この後のパイオニア計画ミッションは、新たに設立されたアメリカ航空宇宙局（NASA）に引き継がれていくことになります。パイオニア0号の経験は、初期の宇宙開発におけるロケット技術や探査機運用に関する貴重な教訓となり、その後の成功に向けた重要なステップとなりました。

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