ヒルムシロヒドラ

ヒルムシロヒドラ（Moerisia horii）

ヒルムシロヒドラは、ヒドロ虫綱に属する珍しい汽水性の生物です。短い期間ではありますがクラゲを形成することで知られています。ポリプは集団で生活しているように見えますが、実際には単独のヒドロ虫として生息しています。

特徴

クラゲ

若いクラゲの傘は釣り鐘型をしていますが、成熟するにつれてやや浅くなります。4本の放射管が傘の縁にある環状管と繋がっています。口柄は短く、4つの口唇があります。触手は糸状で、刺胞が全体にまばらに存在します。触手の基部には触手瘤があり、その反対側には赤い眼点があります。それ以外の部分は無色透明です。

クラゲの触手は、幼生時には放射管の延長線上に4本だけですが、成長と共に既存の触手の間に新しい触手が形成されます。最終的には24本まで増え、その後も不規則に増えることがあります。生殖腺は口柄の基部から発生し、放射管に沿って傘の縁まで発達します。さらに発達すると幅が広がり、襞を形成します。

クラゲの出現期間は8月から9月の約1ヶ月と非常に短く、観察する機会は限られています。

ポリプ

ポリプは単独で生活するヒドロ虫ですが、群生しているため群体のように見えます。ポリプ全体の長さは5～8mmですが、発達したものでは10～12mmに達します。基部は円盤状のヒドロ根となっており、水草のヒルムシロや落葉などに付着します。ヒドロ根から上には細いヒドロ茎が伸び、その先端にヒドロ花があります。

ヒドロ花は、先端に細長い口丘があり、その下に紡錘形に膨らんだ胃腔があります。この部分には約10本の細い糸状の触手があり、その間に水母芽を形成します。また、胃腔の基部側にはプラヌラ芽を形成し、分離されたプラヌラは短期間だけ自由生活をし、その後、定着してポリプになります。ヒドロ花には黄色い線状の模様があることが多いです。触手はよく伸びると、ポリプ全体の長さの2倍にも達することがあります。触手には刺胞が輪状に並んでおり、その輪の数は全体で50～70個にもなります。

ヒドロ根は円盤状で、中央が厚く、周辺が薄くなっています。この部分とヒドロ茎の基部までは、薄いキチン質の壁があります。ヒドロ根の周囲にはポドシストと呼ばれる構造が形成されます。これはヒドロ根の付着を強固にするだけでなく、冬季にポリプが死んだ後も生き残り、翌春にポリプを発生させる役割があります。

分布と生息環境

ヒルムシロヒドラは、日本でのみ確認されており、九州から北海道にかけて分布しています。汽水域に生息し、海と繋がった汽水湖などで見られます。上野監修（1973）によると、「ほぼ全国の汽水に広く分布していると考えられる」とされています。釧路の春採湖での調査では、塩分濃度が0.56％であったことが報告されています。

生態

ポリプは水中のヒルムシロなどの水草に付着し、群生して互いに絡み合っています。ポリプが集まった場所には、分泌物と有機物を含んだ土が混ざって固まり、その間にはユスリカなどの生物が住み着いています。ポリプとクラゲの餌は、小型甲殻類などの小動物と考えられています。

2012年には、従来の記録を大きく超える大型のクラゲが、茨城県の大洗港で多数発見されました。これらのクラゲは、傘の直径が12mmから最大16mmに達し、生殖巣がより発達し、口唇もより複雑になっていました。この発見は、ヒルムシロヒドラが汽水域だけでなく海水域でも生活する可能性を示唆しています。ただし、これらのクラゲが別の種である可能性も残されています。以前には、江ノ島でも大型のクラゲが発見されています。

経緯

ヒルムシロヒドラは、1929年に内田亨らによって記載されました。石川県の河北潟と邑知潟で発見されたポリプに基づいており、当初は Laccocoryne horii と命名され、タマウミヒドラ科に分類されました。その後、ヒルムシロヒドラ科に移されました。ポリプは北海道、宮城県、福島県、高知県など、各地で発見されています。クラゲの世代は、東京近郊のコンクリートタンクで初めて発見され、内田はそれをMoerisia sp.として1951年に報告しました。その後、春採湖での調査で生活史が詳しく研究され、現在の分類名に変更されました。

分類

ヒルムシロヒドラが属するヒルムシロヒドラ科は、全て汽水産で、世界に3属が存在します。ヒルムシロヒドラ属には世界で7種が知られていますが、日本ではこの種のみしか確認されていません。

参考文献

岡田要他、『新日本動物圖鑑〔上〕』、(1965)、図鑑の北隆館
上野益三監修、『日本淡水生物学』、(1973)、図鑑の北隆館
久保田信・斎藤伸輔、(2013)、「茨城県産ヒルムシロヒドラ（ヒドロ虫綱、花クラゲ目）の巨大クラゲ」、Kuroshio Biosphere 9:pp.27-30.
足立文他、(2005)、「神奈川県江ノ島湘南港で採集されたヒルムシロヒドラ（ヒドロ虫綱、花クラゲ目、モエリシア科）の成熟クラゲ」、日本生物地理学会報,60:pp.35-37.
* Uchida T. & Z. Nagao, 1959. The Life-history of a Japanese Brackish-water Hydroid, Ostroumovia horii (With 36 Text-figues). Journal of the Faculity of Science Hokkaido University Series VI. Zoology, 14(2):pp.265-281.

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