ピアノ三重奏曲第1番 (アレンスキー)

アントン・アレンスキー：ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 作品32

アントン・アレンスキー（1861-1906）が1894年に完成させたピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 作品32は、彼の室内楽作品の中でも特に広く知られ、代表作と位置づけられています。ピアノ、ヴァイオリン、チェロという標準的な編成のために書かれ、演奏時間は約28分を要します。

作曲背景

本作は、ロシア音楽における一つの伝統に沿って作曲されました。それは、偉大な芸術家の死を悼むためにピアノ三重奏曲を作曲するというものです。この伝統は、ピョートル・チャイコフスキーがニコライ・ルビンシテイン追悼のために書いた有名なピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」によって確立されたと言えます。アレンスキーの作品もこれに倣い、1889年にモスクワで亡くなったサンクトペテルブルク音楽院のチェロ教授であり、名チェリストとして知られたカルル・ダヴィドフへの追悼として書かれました。

歴史的記録

この作品には、作曲者自身を含む演奏者による初期の録音が残されているという興味深い側面があります。作曲者アレンスキー（ピアノ）、ヤン・フジマリー（ヴァイオリン）、アナトーリー・ブランドゥコーフ（チェロ）は、本作の完成後まもなく、第3楽章までの抜粋を蝋管に録音しました。これは、作曲家自身が自身の作品を演奏した貴重な歴史的記録として現在も聴くことができます。

初演

本作は1895年、サンクトペテルブルクにて初演されました。この時の演奏者も特筆すべき顔ぶれです。ピアノをアレンスキー自身が担当し、ヴァイオリンを伝説的なレオポルト・アウアー、チェロを名手アレクサンドル・ヴェルジビロヴィチが務めました。作曲者を含む一流奏者によって世に送り出されたことからも、当時のこの作品への期待の高さがうかがえます。

楽曲構成

曲は以下の4つの楽章で構成されています。

1. 第1楽章：Allegro moderato
ニ短調、4分の4拍子のソナタ形式です。冒頭、ピアノがさざ波のような三連符の伴奏を刻む上で、ヴァイオリンが物悲しい雰囲気の第一主題を歌い始めます。この主題はチェロに引き継がれ、ピアノの動きも活発になります。続く第二主題はチェロによって奏でられ、より息の長い、歌謡的な性格を持っています。展開部では主に第一主題が扱われ、チェロに現れる新しい旋律と組み合わされて発展していきます。弦楽器の激しいトレモロを経て再現部となり、形式通りに主題が回帰します。楽章の終結部ではテンポがアダージョに落ち、各楽器が主題の断片を静かに繰り返し奏でながら、消え入るように閉じられます。

2. 第2楽章：Scherzo (Allegro molto)
ニ長調、4分の3拍子の快活なスケルツォ楽章です。三部形式がとられています。ヴァイオリンがフラジオレットやスピッカートといった特殊奏法を用いた軽妙な主題を提示し、繰り返されます。次に、弦楽器のピッツィカートに乗ってピアノが華やかなパッセージを奏でます。この一連の動きが繰り返された後、今度は弦楽器が重音や三連音を駆使したスケルツォ主題を提示し、ピアノの華麗なパッセージを挟んで何度も繰り返されます。中間部（変ロ長調）は、優雅でワルツ風の旋律が特徴的です。再現部では冒頭の主題とスケルツォ主題が再び現れ、最後は主題の断片を遊び心たっぷりに奏でながら、明るく軽やかに終結します。

3. 第3楽章：Elegia (Adagio)
ト短調、4分の4拍子の緩徐楽章で、「エレジー（悲歌）」と題されています。カルル・ダヴィドフへの深い追悼の念が最も強く表れた楽章と言われます。弱音器（ミュート）を付けたチェロが、痛切な想いを込めた悲痛な主題を奏で、これがヴァイオリンに受け継がれます。この主題提示が繰り返された後、やや動きのある中間部（ト長調）に入ります。ここでは、まずピアノが主題を提示し、次にヴァイオリンが美しく歌い上げます。再現部では主にヴァイオリンが主題を奏で、静かに楽章を閉じます。

4. 第4楽章：Finale (Allegro non troppo)
ニ短調、4分の3拍子の終楽章は、ロンド形式で書かれています。冒頭からピアノが力強く響き、弦楽器が細かい動きを伴うロンド主題が提示され、すぐに変奏が始まります。曲が一旦静まったところで、チェロが抒情的な副次主題を奏でますが、すぐに再びロンド主題の激しい変奏へと戻ります。この楽章では、過去の楽章で現れた主題が回想される点が特徴的です。第3楽章の中間部の主題や、第1楽章の第一主題が弦楽器によって再び奏でられます。その後、再びロンド主題による展開が激しくなり、力強く決然とした響きで全曲を終えます。

アレンスキーのピアノ三重奏曲第1番は、ロシアの豊かな旋律美と洗練された構成が見事に融合した作品であり、特にダヴィドフへの追悼の念が込められた第3楽章は、聴く者の心に深く訴えかけます。ロシアの室内楽 repertoire において重要な位置を占める一曲です。

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