ピアノ協奏曲第5番 (モーツァルト)

モーツァルト：ピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K. 175 と ピアノと管弦楽のためのロンド ニ長調 K. 382

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1773年にザルツブルクで作曲したピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K. 175 は、モーツァルトが初めて自ら作曲したオリジナル作品としてのピアノ協奏曲です。これ以前に作曲された第1番から第4番の作品群は、他の作曲家（カール・フィリップ・エマヌエル・バッハやヨハン・ショーベルトら）のソナタを編曲したものであったため、本作がモーツァルトにとって、このジャンルにおける真の第一歩となりました。

ピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K. 175

概要と評価

本作は、明らかにヨハン・クリスティアン・バッハの音楽様式に影響を受けて作曲されており、その痕跡は作品全体に見られます。しかし、単なる模倣にとどまらないその完成度は、多くの音楽研究家から高く評価されています。例えば、作曲家オリヴィエ・メシアンは、本作について「試作というにはあまりに見事な腕前だ」と述べ、音楽学者アルフレート・アインシュタインも、「独奏楽器とオーケストラのバランス、そして全体の規模において、既にヨハン・クリスティアンの到達点をはるかに凌駕している」と絶賛しています。1773年12月に完成したこの作品は、既に習作のレベルを脱しており、祝祭的な響きを持つニ長調という調性、そしてトランペットとティンパニを含む編成から、おそらくモーツァルト自身か、優れたピアニストであった姉ナンネルが演奏するために書かれたと考えられています。

モーツァルトは本作に深い愛着を持っていたようで、後にミュンヘンやウィーンでも演奏し、1777年頃にはオーケストラのパートに改訂を加えています。彼はこの協奏曲を最晩年に至るまで演奏会で取り上げ続けました。

自筆譜の行方と楽譜の問題

本作の自筆譜は、1860年頃にはヨハン・アウグスト・アンドレが所蔵していたと記録されていますが、その後1862年にF・A・グラスニックという人物の手に渡ったのを最後に、現在は所在不明となっています。このため、『新モーツァルト全集』での校訂には、初版や筆写譜、そしてマンハイムで作成された改訂版のごく一部のパート譜が用いられました。しかし、全集の校訂版刊行後に発見されたオーボエとバスパートの改訂版自筆譜は校訂に反映されておらず、また改訂版のパート譜自体も不完全であるため、モーツァルトがこの作品に加えた改訂の全容は完全には明らかになっていません。この事情から、今日演奏される際には、初版や校訂版に基づいた複数の異なるバージョンが存在しています。

楽器編成

独奏ピアノ、オーボエ2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ一対、弦五部。

楽章構成

全3楽章で構成され、全体の演奏時間はおよそ21分です。

第1楽章 アレグロ
ニ長調、4分の4拍子、協奏ソナタ形式。荘厳で活気に満ちた楽章です。
第2楽章 アンダンテ・マ・ウン・ポコ・アダージョ
ト長調、4分の3拍子、展開部を欠くソナタ形式。穏やかで表情豊かな緩徐楽章です。
* 第3楽章 アレグロ
ニ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、ロンド形式。軽快で華やかな終楽章です。モーツァルトは、この楽章を後に差し替えるための新しい終楽章（K. 382）を作曲しました。

ピアノと管弦楽のためのロンド ニ長調 K. 382

概要と作曲背景

ピアノと管弦楽のためのロンド ニ長調 K. 382 は、1782年にモーツァルトがウィーンで作曲した作品です。これは、ピアノ協奏曲第5番 K. 175 の終楽章として、後から新たに書かれた別稿にあたります。「コンサート・ロンド」と呼ばれることもあり、ごく稀にではありますが、CDや楽譜によっては通し番号を与えられ「ピアノ協奏曲第28番」と表記されることもあります。

このロンドが作曲されたのは、モーツァルトがザルツブルクの大司教との不和から独立し、ウィーンへ移住した翌年でした。フリーの音楽家としてウィーンでの名声を確立し、安定した収入を得ることが急務だったモーツァルトは、演奏会やレッスンの傍ら、楽譜の出版なども積極的に行っていました。そうした状況下で、1782年3月3日に予定されていた四旬節の演奏会のため、マンハイムで好評を得たことのあるピアノ協奏曲第5番を演奏することを発案します。そして、ウィーンの聴衆の好みに合わせて作品を改訂する際、終楽章をより規模が大きく、聴衆受けしやすいロンド形式に差し替えることを決め、このK. 382が誕生しました。

楽器編成

独奏ピアノ、フルート1、オーボエ2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ一対、弦五部。
K. 175の第3楽章の別稿として書かれたため、基本的な編成は同じですが、K. 382ではフルートが追加されている点が異なります。

構成

アレグレット・グラツィオーソ、ニ長調、4分の2拍子。
「ロンド」と題されてはいますが、楽曲構造としては、主題と7つの変奏、そしてカデンツァとコーダからなる変奏曲に近い形式をとっています。演奏時間は約10分と、元の協奏曲第5番の第3楽章のおよそ倍の長さがあり、より華やかで技巧的な内容となっています。

K. 175は、モーツァルトが協奏曲作曲家として歩み始めた初期の重要な作品であり、K. 382は、ウィーンでの新たなキャリアを切り開くための戦略的な意図も含まれた、同じ作品に異なる魅力を加えるための工夫が見られる作品と言えるでしょう。

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