カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ：古典派音楽への架け橋

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ（Carl Philipp Emanuel Bach, 1714年3月8日 - 1788年12月14日）は、ドイツの作曲家であり、バッハ一族の中でも特に重要な人物です。父ヨハン・ゼバスティアン・バッハの次男として生まれましたが、彼の音楽スタイルは父とは異なり、ギャラント様式や多感様式を追求しました。これにより、彼は古典派音楽の発展に大きな影響を与え、ハイドンやベートーヴェンといった後世の作曲家たちにも影響を与えました。

生涯

ヴァイマルで生まれたカール・フィリップ・エマヌエルは、幼少期から音楽に囲まれた環境で育ちました。父の友人であるゲオルク・フィリップ・テレマンが名付け親となり、彼の名前「フィリップ」もテレマンに由来します。1717年に家族とともにケーテンへ、1723年には父がトーマスカントルに就任したことでライプツィヒに移りました。ライプツィヒ大学を経て、フランクフルト・アン・デア・オーダーのヴィアドリーナ大学で法学の学位を取得しましたが、音楽への情熱を捨てきれず、音楽家としての道を歩むことを決意しました。

1738年、プロイセン王国の皇太子フリードリヒ（後のフリードリヒ2世）に仕え、チェンバロ奏者として宮廷に奉職します。フリードリヒ2世が国王に即位すると、ベルリンの宮廷楽団員に昇進し、ヨーロッパでも有数のクラヴィーア奏者としての名声を確立しました。作曲家としても、ソナタ集をフリードリヒ大王やヴュルテンベルク大公に献呈し、その才能を広く認められました。ベルリン時代には、父の影響を受けた《マニフィカト》や《復活祭カンタータ》などの宗教音楽、交響曲や協奏曲、歌曲集など、多彩な作品を残しました。

1767年にテレマンが亡くなると、彼はフリードリヒ大王の制止を振り切り、ハンブルクに移ります。ヨハネウム学院のカントルと楽長を兼務し、ベルリン時代よりも宗教音楽に重点を置くようになります。《荒野のイスラエルびと》などのオラトリオや、受難曲、カンタータなど多くの宗教曲を作曲しました。また、ハイドンの活動に刺激を受け、器楽曲にも新たな才能を発揮しました。

音楽様式と後世への影響

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの音楽は、父の音楽とは異なり、より感情豊かで、旋律を重視したスタイルが特徴です。彼は、ギャラント様式や多感様式といった、当時の新しい音楽動向を取り入れ、古典派音楽の基礎を築きました。特に鍵盤楽器の分野では、クラヴィーア・ソナタを多数作曲し、ソナタ形式の発展に大きく貢献しました。彼の作品は、透明で繊細な表現、自由な楽曲構成、そして多様なアイデアが詰め込まれており、後世の作曲家たちに大きな影響を与えました。

モーツァルトは彼を「父」と呼び、ハイドンやベートーヴェンも彼の作品を研究し、その影響を受けました。彼のクラヴィーア教則本『正しいクラヴィーア奏法』は、ヨーロッパの音楽理論家たちに大きな影響を与え、ムツィオ・クレメンティやヨハン・バプティスト・クラーマーらの指導法の基礎となりました。

19世紀には、一時的に彼の名前は忘れ去られていましたが、近年では再評価が進み、《フルート協奏曲ニ短調》や《チェンバロ協奏曲》、オラトリオ《荒野のイスラエルびと》など、多くの作品が演奏されています。特に鍵盤楽曲《ソルフェッジェットハ短調》は、ピアノの練習曲として広く知られています。

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハとバッハ一族

カール・フィリップ・エマヌエルは、バッハ一族の中でも、父への尊敬と音楽的・宗教的伝統への忠誠を強く自覚していましたが、その音楽スタイルは父とは大きく異なっています。彼は父の音楽様式に縛られることなく、自身の音楽的探求を続け、独自のスタイルを確立しました。また、彼は、バッハ一族の音楽家の中で唯一の左利きであったため、弦楽器が苦手で鍵盤楽器に愛着を示すようになったと言われています。

作品と楽器

彼の作品は、交響曲、協奏曲、鍵盤楽器のためのソナタ、宗教音楽など、多岐にわたります。鍵盤楽器に関しては、チェンバロよりもクラヴィコードやフォルテピアノを愛用し、これらの楽器のために多数の作品を作曲しました。彼は、当時の著名な鍵盤楽器製作者、ゴットフリート・ジルバーマンが作った楽器を愛用しており、1749年製のジルバーマンの楽器は、現代の楽器製作者によって複製されています。

作品の整理番号と再評価

彼の作品には、ヴォトケンヌ番号(Wq)とヘルム番号(H)という二つの整理番号が併用されています。近年では、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ全集の刊行が進められ、彼の作品がより多くの人々に触れられるようになっています。

バッハの偽作のフルート・ソナタ

大バッハのフルート・ソナタのうち、《ト短調》BWV.1020と《変ホ長調》BWV.1031は、ギャラント様式が見られることから偽作説が濃厚です。真の作者として、成人前のカール・フィリップ・エマヌエルの名が挙げられることもありますが、研究者からは様式的な相違点も指摘されています。これらの作品は、バッハの弟子たちが、同時代のフルート・ソナタを手本に作曲したか、あるいは既存のトリオ・ソナタを編曲したものであり、バッハが手直ししたものが「バッハ作」として伝わった可能性が高いと考えられています。

まとめ

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは、バッハ一族の中でも特に重要な作曲家の一人であり、その音楽は古典派音楽の発展に大きな影響を与えました。彼の作品は、感情豊かで、旋律を重視したスタイルが特徴であり、その鍵盤楽曲は、後世の音楽家たちに大きなインスピレーションを与えました。彼の生涯と作品を通して、18世紀の音楽史における重要な一頁を垣間見ることができます。

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