ピロカルピン

ピロカルピン（Pilocarpine）

ピロカルピンは、特定の植物から抽出される天然化合物であるアルカロイドに分類されます。化学的にはヒスチジンを前駆体として合成される分子で、アルカロイドの中では比較的珍しいイミダゾール環構造を持つのが特徴です。この化合物は、有機溶媒にはそれほど溶けやすくありません。

医療分野では、主に塩酸ピロカルピンという形で製剤化され利用されています。この薬剤の主な作用は、体内のムスカリン受容体を非選択的に活性化することにあります。これにより、副交感神経の末梢部分を刺激したときと同様の生理反応を引き起こします。

具体的には、汗腺、唾液腺、涙腺といった分泌腺の働きを活発にし、それぞれの分泌量を増加させます。また、眼においては瞳孔を小さく縮める（縮瞳）作用や、眼内の液体の排出を促進することで眼圧を低下させる効果を示します。この眼圧低下作用は、緑内障の治療において非常に重要であり、ピロカルピンは点眼薬として広く処方されています。診断や治療の目的で意図的に瞳孔を小さくしたい場合にも使用されます。

さらに、唾液分泌を促す作用を利用して、口腔乾燥症（ドライマウス）の改善にも内服薬として用いられます。シェーグレン症候群などに伴う唾液分泌低下に対して、症状の緩和が期待できます。

ピロカルピンの作用は、別の主要な副交感神経遮断薬であるアトロピンと多くの点で反対の効果を示します。このため、アトロピンの過量投与や中毒症状が現れた際には、その拮抗薬としてピロカルピンが用いられることがあります。逆に、ピロカルピンによる中毒症状に対しては、アトロピンが治療薬として使用されるという関係にあります。

この貴重な化合物は、1875年にブラジル原産のミカン科の植物、ヤボランジ（学名：Pilocarpus jaborandi）から初めて単離され、その植物名にちなんでピロカルピンと命名されました。現在でも、このヤボランジ属の植物、特にコバノヤボランジ（Pilocarpus microphyllus）の葉から抽出・精製されて生産されています。

医薬品として有用である一方で、全身性の副作用も起こり得ます。ムスカリン受容体への作用が全身に及ぶ結果、胃酸や唾液の過剰な分泌、血圧の低下などが報告されています。また、稀ではありますが、眼科的な副作用として網膜剥離を引き起こす可能性も指摘されており、使用にあたっては医師の適切な管理が必要です。

このように、ピロカルピンは緑内障や診断・治療目的の縮瞳、口腔乾燥症など、多岐にわたる疾患や状態に対し、そのユニークな薬理作用を活かして用いられている薬剤です。起源植物から現在に至るまで、その有用性が認められ続けています。

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