ファイトアレキシン

ファイトアレキシン（Phytoalexin）

ファイトアレキシンとは、植物が生物的ストレス（病原菌や害虫の攻撃など）や非生物的ストレス（紫外線照射など）にさらされた際に、応答として新たに合成する低分子の抗菌性化合物群の総称です。

植物が病原体の侵入から身を守るための重要な仕組みである「非宿主抵抗性」の一環として機能し、特定の病原体だけでなく、比較的広範囲の病原に対して効果を発揮します。その化学構造は多様で、テルペノイド、グリコステロイド、アルカロイドなど様々な種類の化合物が含まれますが、これらに限らず、植物が抵抗性反応で作り出す抗菌性のある二次代謝産物全般を指すことが多いです。

ファイトアレキシンは、植物が健康な状態にある時にはほとんど合成されません。合成の引き金となるのは、病原体そのものや、病原体が作り出す物質、あるいは紫外線などの特定の刺激であり、これらは「エリシター」と呼ばれます。エリシターを感知した植物細胞が、ファイトアレキシンの合成を促す信号伝達経路を活性化させるのです。

これに対して、植物が通常の生育条件下でも常に細胞内に蓄積している抗菌性の化合物を「ファイトアンティシピン（Phytoanticipin）」と呼び、ファイトアレキシンとは区別されます。例えば、トウモロコシに含まれるDIMBOAなどがこれに該当します。ただし、ある植物種ではファイトアレキシンとしてストレス時に合成される物質が、別の植物種ではファイトアンティシピンとして常に存在することもあります。

植物における機能

植物によって作り出されたファイトアレキシンは、侵入してきた病原体に対して直接的な抗菌作用を発揮します。具体的には、病原体の細胞壁に穴を開けたり、病原体の成熟を遅らせたり、病原体の代謝や増殖に必要な生理機能を阻害したりすることで、病原体の活動を抑制し、植物体への被害拡大を防ぎます。

病原体の侵入や、それによって傷ついた植物細胞から放出される様々な低分子を感知した植物細胞は、二段階の防御反応を活性化させます。第一段階は、病原体の種類を問わず素早く起こる初期応答です。この応答では、活性酸素種（超酸化物や過酸化水素など）を生成して病原体を攻撃したり、感染が広がらないように自らの感染細胞周辺をプログラムされた細胞死（アポトーシス）に至らせたりします。これにより、病原体の感染拡大を初期段階で食い止めようとします。

第二段階は、初期応答よりもやや遅れて始まり、病原体の種類に特異的に、より広範囲に及ぶ持続的な防御反応であり、「全身獲得抵抗性（SAR）」と呼ばれます。このSARの発動には、サリチル酸、ジャスモン酸、エチレン、アブシジン酸などの植物ホルモンが重要な役割を果たします。これらのホルモンが植物体内で信号として伝達されることで、植物は防御体制を強化する様々な遺伝子の発現を誘導します。ファイトアレキシンを合成するために必要な酵素を作る遺伝子も、このSARの過程で活性化されるものの一つです。

また、傷ついた植物細胞から放出されるエチレンのようなガス状の植物ホルモンを介して、周囲のまだ感染していない健康な植物にも危険信号が伝えられ、隣接する植物もファイトアレキシンの合成など防御の準備を始めることもあります。このように、ファイトアレキシンは植物が病原体から自身を守るための多角的で重要な役割を担っているのです。

人間への影響

ファイトアレキシンの中には、人間の健康に対して有益な効果をもたらす可能性が示唆されているものも存在します。例えば、ブドウの皮や種子、ブルーベリー、クランベリーなどのベリー類、そしてそれらを原料とするワインなどに含まれるレスベラトロールは、代表的なファイトアレキシンの一つです。レスベラトロールには、強い抗酸化作用のほか、抗がん作用やアンチエイジング効果など、様々な生理機能に関する研究が進められており、健康食品やサプリメントとしても注目されています。

一方で、一部のファイトアレキシンは、人によってはアレルギー反応を引き起こす原因となることも知られています。特定の植物に含まれるファイトアレキシンが、ラテックスアレルギーや食物アレルギーの原因物質として関与している事例も報告されており、人間にとって必ずしも全てが良い影響を与えるわけではありません。

このように、ファイトアレキシンは植物の防御機構としてだけでなく、人間の健康に対しても良い面と注意すべき面の両方を持っている物質群です。

ファイトアレキシン