ファーティマ・ハトゥン

ファーティマ・ハトゥン：モンゴル帝国の権力闘争に翻弄された女性

ファーティマ・ハトゥン（生年不詳 - 1246年）は、13世紀半ばのモンゴル帝国において、その美貌と政治的手腕で頭角を現した女性です。ホラーサーン地方マシュハド出身の彼女は、モンゴル帝国の第2代皇帝オゴデイ・カアンの皇后ドレゲネの側近として権勢を振るいましたが、後に失脚し、凄惨な処刑を受けるという悲劇的な生涯を送りました。彼女の生涯は、当時のモンゴル帝国における権力闘争の激しさを物語るものとして知られています。

捕虜から皇后の側近へ

ファーティマの出自は明らかではありませんが、ジュヴァイニーの『世界征服者の歴史』によると、モンゴル軍のホラーサーン侵攻の際、マシュハドのイマーム・レザー廟が占領された際に捕虜となったと記されています。カラコルムに連行された彼女は、当初は売春に従事していたものの、その美貌と才覚によってオゴデイの皇后の一人であったドレゲネに見出され、側近として取り立てられました。ジュヴァイニーは彼女の狡猾さを旧約聖書のデリラになぞらえています。

ドレゲネ称制期における権勢

1241年にオゴデイが亡くなると、皇后ドレゲネが国政を代行することになります。ファーティマはドレゲネの信任を得て、政治の中枢で大きな影響力を持つようになります。『集史』によれば、彼女はドレゲネをそそのかし、チンカイをはじめとするオゴデイ時代の高官たちを失脚させました。また、ヒタイ地方（旧金朝領華北）の総督であったマフムード・ヤラワチを罷免し、アブドゥッラフマーンを後任に据えるなど、人事にも深く関与しました。これらの動きは、漢文史料にも記録されています。

ファーティマによって地位を奪われた高官たちは、オゴデイの息子であるコデンやジョチ・ウルスのバトゥのもとに逃れ、ファーティマの専横を訴えました。特に、イラン総督のクルクズは、政敵であるシャラフ・ウッディーンがファーティマに取り入ったために失脚・処刑され、モンゴル帝国の主要な属領でファーティマの影響力が及んでいたことがわかります。

失脚と凄惨な処刑

オゴデイは生前、クチュやコデンといった息子たちを厚遇しており、特にクチュの死後はその子シレムンを後継者として考えていました。しかし、ドレゲネは自身の息子であるグユクを皇帝に就けようと画策し、ファーティマもそのために暗躍しました。バトゥをはじめとする有力者たちの反対により、グユクの即位は遅れましたが、1246年にようやく第3代皇帝として即位を果たしました。

グユクの即位後、ファーティマはかつての権勢を失い、没落します。グユクの側近であるカダクに仕えるアラヴィー・サマルカンディー・シラという人物が「ファーティマがコデンに呪いをかけている」と告発したのです。コデン自身もグユクにファーティマの呪詛によって体調を崩していると訴え、ファーティマへの復讐を依頼しました。コデンの死後、グユクはチンカイの進言を受け、ドレゲネにファーティマの引き渡しを要求しました。

ドレゲネは当初これを拒否しましたが、グユクの強硬な態度に屈し、ファーティマを引き渡しました。グユクの前に引き出されたファーティマは、裸にされ、激しい拷問を受けました。そして最終的に、全身の穴を縫い合わされ、フェルトに包まれた状態で川に投げ込まれるという、凄惨な処刑を受けました。

権力闘争の犠牲者

ファーティマの処刑後、彼女の関係者は弾圧を受け、遠い故郷であるマシュハドにまで調査の手が伸びました。このことから、ファーティマに対する「呪術」の嫌疑は、実際には証拠不十分であり、事件の本質はモンゴル宮廷内の権力闘争にあったと考えられています。ファーティマの推挙によって取り立てられたアブドゥッラフマーンも処刑されており、グユク即位直後の粛清の一環であったことが指摘されています。

『集史』には、グユクが最初に行った裁判が「ファーティマ・ハトゥンの尋問」であったと記されています。このことは、ファーティマの事件が単なる個人的な追及ではなく、モンゴル帝国内の派閥争いの制裁として重要視されていたことを示唆しています。

ファーティマ・ハトゥンの生涯は、モンゴル帝国の拡大期における権力闘争の激しさと、その中で翻弄された女性の悲劇を浮き彫りにしています。彼女の物語は、歴史の影に埋もれた人々の存在を私たちに教えてくれるでしょう。

モンゴル人の魔術観

モンゴル人が魔術や呪術の行使に対して強い警戒感を持っていたことは、プラノ・カルピニらの報告にも示されています。カルピニは、モンゴル人が毒物による暗殺と魔術による呪殺を区別せずに警戒していたことを記しています。このような魔術に対する忌避感が、ファーティマ・ハトゥンへの凄惨な処刑に反映されたと考えられています。

ファーティマ・ハトゥンを扱った作品

* 天幕のジャードゥーガル: トマトスープによる漫画作品。ファーティマ・ハトゥンを主人公としています。

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