フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル

概要

フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル（Philip Jones Brass Ensemble, PJBE）は、20世紀後半の金管アンサンブル界において、極めて重要な役割を果たしたイギリスの団体です。著名なトランペット奏者であったフィリップ・ジョーンズ（1928-2000）によって1951年に設立され、約35年間にわたり国際的に活動を展開しました。

沿革

PJBEの歴史は、1951年にロンドンで産声を上げたことから始まります。活動は次第に注目を集め、1970年にはイギリスの大手レーベルであるデッカから満を持してレコードデビューを果たしました。日本においては、その翌年の1972年にロンドン・レーベルより日本デビュー盤が発売され、国内でも広く知られるようになります。待望の初来日公演は1974年に実現し、その後も1976年、1979年、1981年、1983年と合計5回にわたる来日公演を行い、日本の音楽ファンを魅了しました。彼らの演奏は、日本のNHK（テレビ・FM）や民放でも度々放送され、特に1981年の来日公演はライブ録音としてキングレコードから発売され、大きな反響を呼びました。しかし、1986年6月、ロンドンで行われたフェアウェル・コンサートをもって、その輝かしい活動に終止符を打ちました。

活動内容と編成

PJBEの活動は、設立当初、トランペット2、ホルン1、トロンボーン1という小規模な金管四重奏からスタートしました。約20年間の試行錯誤と研究を経て、トランペット4、ホルン1、トロンボーン4、テューバ1の計10名による金管十重奏が標準的な編成として確立されました。この十重奏はPJBEの代名詞ともなりますが、実際の編成は演奏する楽曲や求められるサウンドに応じて極めて柔軟に調整されました。金管三重奏や四重奏、五重奏といった小編成での演奏はもちろん、時には木管楽器や打楽器を加えて30名を超える吹奏楽編成となることや、弦楽合奏との共演もありました。特に、金管楽器以外の楽器が加わる大規模編成での録音では、「フィリップ・ジョーンズ・アンサンブル」という別名義が用いられています。また、録音作品の中には、中心メンバーであったトロンボーン奏者ジョン・アイヴソンやテューバ奏者ジョン・フレッチャーのソロをフィーチャーした異色の作品も含まれていました。
フィリップ・ジョーンズ自身は、演奏家としてだけでなく、アンサンブルの指導者としても卓越していました。彼は演奏会ごとのプログラム構成を自ら行い、細心の注意を払って準備を進めました。PJBEの成功は、彼の綿密な音楽づくりとリーダーシップに大きく依るところが大きかったと言えます。

多様なレパートリーと後世への影響

PJBEの最も特筆すべき功績の一つは、その極めて広範で多様なレパートリーの開拓です。初期ルネサンスやバロック期の作曲家であるガブリエーリ、モンテヴェルディ、ペーツェルなどの古楽作品を金管アンサンブル向けに編曲したものから、20世紀後半のヴィトルト・ルトスワフスキ、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ、エサ＝ペッカ・サロネン、日本の武満徹といった世界的な現代作曲家に新たに委嘱した新作に至るまで、そのレパートリーは400曲以上に及びました。特筆すべきは、これらのレパートリーのうち90曲以上が世界初演作品であったことです。これは、PJBEが単に既存の作品を演奏するだけでなく、積極的に新しい金管アンサンブル作品の創造に関わった証です。レパートリーの多くの編曲は、フィリップ・ジョーンズ自身に加え、エルガー・ハワース（指揮者としても活躍）、ジョン・アイヴソン、レイモンド・プレムル、ピーター・リーヴ、ロジャー・ハーヴェイ、クリストファー・モワットなど、アンサンブルの中心メンバーが手掛けました。

彼らの活動は、50点を超える商業録音として今日まで残されており、これらの録音や世界30カ国以上におよぶ大規模な演奏旅行を通じて、PJBEは国際的な名声を確立しました。PJBEが金管アンサンブルの新たな可能性を示し、確立した高い演奏水準は、後世の多くの金管アンサンブル団体に多大な影響を与えました。カナディアン・ブラス（アメリカ）、東京ブラスアンサンブル、上野の森ブラス（日本）、ギィ・トゥーヴロン金管五重奏団（フランス）、ジャーマン・ブラス（ドイツ）など、今日世界各地で活躍する多くの団体がPJBEからインスピレーションを受けています。

特に日本においては、度重なる来日公演や放送、録音を通じて、国内の金管アンサンブルの発展に計り知れない影響を与えました。彼らが演奏し、録音したレパートリーの多くは、現在でも日本国内のアンサンブルコンテストをはじめ、プロフェッショナル、アマチュアを問わず、数多くの演奏会で主要な演目として演奏され続けています。

代表的なレパートリー例

PJBEが演奏・録音した膨大なレパートリーの中から、特に知られている作品をいくつかご紹介します。

ムソルグスキー作曲、エルガー・ハワース編曲：組曲『展覧会の絵』
ヘンデル作曲、チャールズ・マッケラス編曲：組曲『王宮の花火の音楽』
サン＝サーンス作曲、ジョン・アイヴソン編曲：組曲『動物の謝肉祭』
バーンスタイン作曲、ジョン・アイヴソン編曲：組曲『ウエスト・サイド物語』
ゴードン・ラングフォード作曲：組曲『ロンドンの小景』（PJBE結成30周年記念作品、1981年来日公演にて世界初演）
ジム・パーカー作曲：組曲『ニューヨークのロンドンっ子』
クリス・ヘイゼル作曲：『3匹の猫』
ティールマン・スザート作曲、ジョン・アイヴソン編曲：『舞曲集』
クロード・ジェルヴェーズ、ピエール・アテニャン作曲、ピーター・リーヴ編曲：『フランス・ルネサンス舞曲集』
ジャイルズ・ファーナビー作曲、フィリップ・ジョーンズ、エルガー・ハワース編曲：『空想、おもちゃ、夢』
* サミュエル・シャイト作曲、フィリップ・ジョーンズ編曲：『戦いの組曲』

これらの作品は、PJBEの高い芸術性、多様な音楽性、そしてレパートリー開拓への貢献を象徴しています。

その他の特記事項

PJBEの解散からわずか翌年である1987年には、元メンバーの多くがその音楽的遺志を受け継ぎ、新たにロンドン・ブラスが結成されました。これはPJBEの活動がいかに大きな影響力を持っていたかを示す出来事です。

また、クラシック音楽の枠を超え、ポピュラー音楽の世界においても、1970年にイギリスの伝説的なロックバンド、ピンク・フロイドが発表した革新的なアルバム『原子心母（Atom Heart Mother）』に収録されている、長大な同名組曲のブラスパートを演奏したことでも知られています。

まとめ

フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルは、その高度な演奏技術、革新的な編成とプログラミング、そして設立者フィリップ・ジョーンズの揺るぎないリーダーシップによって、金管アンサンブルというジャンルの可能性を大きく広げ、世界的な地位を確立しました。彼らが残した録音や開拓したレパートリーは、今なお世界中の金管楽器奏者や音楽愛好家にとって、重要な規範であり続けています。

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