フランコ・ボニゾッリ

イタリアの著名なテノール歌手、フランコ・ボニゾッリ（Franco Bonisolli）は、1938年 5月25日にトレント自治県ロヴェレートで生を受け、2003年 10月30日にウィーンで65年の生涯を閉じました。彼の歌唱は、1970年代から1990年代にかけて国際的なオペラ舞台で際立ち、特にその輝かしい高音と、時に過剰とも評されるほどの情熱的で劇場的な表現スタイルで聴衆を魅了しました。その破天荒な舞台姿から、「最後のプリモ・ウォーモ」（花形テノール）とも称され、数々の伝説的なエピソードを残しています。

キャリアの幕開け

ボニゾッリは、1961年にスポレートで開催された「二つの世界の音楽フェスティバル」における国際声楽コンクールで優勝したことを機に、一躍注目を集めます。翌1962年には、同じくスポレートのヌォーヴォ劇場で、プッチーニのオペラ『つばめ』のルッジェーロ役を歌い、オペラ歌手としての正式なデビューを果たしました。

初期のキャリアでは、軽やかで伸びのある声質を生かし、プッチーニ『ラ・ボエーム』のロドルフォやドニゼッティ『愛の妙薬』のネモリーノといった、いわゆるリリコ・レッジェーロのテノール役を得意としていました。また、プロコフィエフの現代オペラ『三つのオレンジへの恋』の王子役などもレパートリーに加えています。

特に1960年代後半には、ジョアキーノ・ロッシーニの作品における優れた歌い手として評価を確立します。『セビリアの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵役や、『湖上の美人』のジャーコモ役、『コリントの包囲』のクレオメーネ役などでの演奏は特に高く評価されました。クレオメーネ役は、彼が1969年に権威あるミラノ・スカラ座にデビューした際にも歌った記念すべき役柄です。また、1968年からはウィーン国立歌劇場のメンバーとなり、この劇場は彼のキャリアを通じて重要な活動拠点の一つとなりました。

ドラマティックな役への挑戦

1970年代に入ると、ボニゾッリはより重厚でドラマティックなテノールのレパートリーへと移行していきます。1980年代には、ヴェルディ『運命の力』のアルヴァーロ、ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』のタイトルロール、レオンカヴァッロ『道化師』のカニオ、そしてヴェルディの『オテロ』のタイトルロールなど、かつてマリオ・デル＝モナコのような偉大なテノールが得意とした難役に次々と挑戦しました。

中でも、フランコ・ボニゾッリの名を最も有名にしたのは、ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』のマンリーコ役と、プッチーニ『トゥーランドット』のカラフ役でしょう。これらの役には、それぞれテノール歌手の聴かせ所となる有名なアリア、「見よ、恐ろしい炎を」と「誰も寝てはならぬ」があります。ボニゾッリはこれらのアリア、特にその終結部において、しばしば指揮者やオーケストラとの協調を顧みず、自らの声の力を極限まで示そうと、可能な限り高音を伸ばすパフォーマンスで知られていました。

賛否両論を呼んだパフォーマンススタイル

こうしたボニゾッリのスタイルは、聴衆を熱狂させる一方で、音楽評論家や演出家、あるいは厳格な演奏を好む層からは批判的に見られることも少なくありませんでした。楽譜にない高音の挿入や、アンサンブルを乱してでも自己主張する歌唱は、時に無軌道と評されましたが、その類まれな声の魅力と、劇場全体を自分の空間に変えてしまうかのような強烈な個性は、熱狂的な支持者を生み出しました。彼はまさに、良くも悪くも「スター」としてのオーラを放つ、最後の世代のプリモ・ウォーモだったと言えるでしょう。

数々の逸話

ボニゾッリの生涯は、彼の個性的な人柄を示す逸話に満ちています。

カラヤンとの衝突: 1978年、ウィーン国立歌劇場での『イル・トロヴァトーレ』のリハーサル中、彼は指揮者の巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンと激しく対立しました。原因は、ボニゾッリが高音を引き伸ばそうとしたのをカラヤンが認めなかったことだと言われています。怒ったボニゾッリは、役の小道具である剣をカラヤンに向けて投げつけるという前代未聞の行動に出ます。これが観客を入れた公開リハーサルであったため騒動は公になり、結果としてボニゾッリは降板、代役はプラシド・ドミンゴが務めることとなりました。
バルセロナでの「お詫び」: 1983年、バルセロナでの『イル・トロヴァトーレ』公演での出来事です。例によって「見よ、恐ろしい炎を」のアリア終結部で、楽譜にないハイCに挑戦したボニゾッリでしたが、声が裏返ってしまいました。それでも聴衆は彼の果敢な挑戦に拍手を送りましたが、本人は納得がいかず、幕間に舞台に戻ってアリアを無伴奏で再歌唱するという異例の対応を取り、聴衆に「お詫び」を示しました。
東京での再挑戦: 2001年、東京でのリサイタル（テノールのニコラ・マルティヌッチとの共演）での出来事です。彼の十八番である「誰も寝てはならぬ」を披露しましたが、やはりエンディングの高音を伸ばすのに失敗しました。伴奏ピアニストがためらうのも構わず、ボニゾッリは同じ箇所を再び歌い直そうとしましたが、またしても成功しませんでした。その際、身振り手振りを交えて「空調が悪いせいだ」と訴える姿は、いかにも彼らしい一面でした。
シチリアでの退場: 2002年 8月、シチリア島タオルミーナの野外劇場でのマスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』公演中に、彼はオーケストラのテンポの遅さに不満を示しました。演奏中にもかかわらず舞台上から指揮者や楽団に対して抗議のジェスチャーを送ったところ、観客の一部から野次を受けます。これに対し、ボニゾッリはイタリア式の最大級の侮辱を示すジェスチャー（コルナ）を返し、そのまま舞台を去るという騒動を引き起こしました。この事件は国際的なニュースにもなりました。

日本での活動

ボニゾッリは数回にわたりリサイタルのために日本を訪れています。特に彼の得意とするアリアを中心としたプログラムで、その個性的なパフォーマンスは一部の日本の聴衆に強い印象を与え、人気を得ました。しかし、その良くも悪くも典型的な「イタリア人テノール」的な振る舞いは、日本のクラシック音楽愛好家や関係者の間で、イタリア人テノール歌手全般に対するある種の固定観念を強めてしまった側面も否定できません。

没年

フランコ・ボニゾッリは、2003年10月に長年活動の拠点としたウィーンで亡くなりました。65歳でした。彼の死により、国際オペラ界は、良くも悪くも観客の記憶に深く刻まれる、強烈な個性を持ったプリモ・ウォーモを失ったのです。

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