ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団

概要

ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団は、ハンガリーの首都ブダペストを拠点とする、同国を代表するオーケストラの一つです。正式名称はハンガリー語で「Budapesti Filharmóniai Társaság Zenekara」、英語では「Budapest Philharmonic Orchestra」と表記されます。

このオーケストラは、特筆すべきユニークな活動形態を持っています。彼らはハンガリー国立歌劇場の専属団体であり、通常は「ハンガリー国立歌劇場管弦楽団（The Hungarian State Opera Orchestra）」として、オペラやバレエといった歌劇場での公演における演奏を担っています。一方、コンサートホールでのシンフォニー音楽の演奏活動を行う際には、「ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団」という名称で登場し、幅広いレパートリーを展開しています。

創設と歴史

その起源は非常に古く、1853年に著名な作曲家で指揮者のフェレンツ・エルケルによって「ブダペスト・フィルハーモニー協会」として設立されました。これは、現在ハンガリーで活動しているオーケストラの中では最も古い歴史を持つ団体とされています。

設立当初は、独自の演奏会を企画・実施する協会という形態でしたが、その活動が評価されるにつれて、ハンガリーにおける音楽教育や演奏文化の中心的な役割を担うようになります。後に、国内最高峰の音楽教育機関やハンガリー国立歌劇場と密接な関係を築き、最終的に国立歌劇場の専属オーケストラとして位置づけられることになりました。

歴史を彩る音楽家たち

ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団の歴史において、最も特筆すべき出来事の一つは、若きグスタフ・マーラーとの関わりです。19世紀末、マーラーがハンガリー国立歌劇場の音楽監督を務めていた時期に、彼の初期の代表作である交響曲第1番が、このオーケストラによって世界初演されました。この時の演奏は、まだ「交響詩」としての形態であり、「ブダペスト稿」と呼ばれる初期の版が用いられました。この歴史的な初演は、後に世界的な巨匠となるマーラーのキャリアにおいて、極めて重要な一歩となりました。

マーラー以外にも、このオーケストラやハンガリー国立歌劇場には、世界の音楽史に名を刻む多くの偉大な音楽家たちが関わってきました。ドイツ後期ロマン派を代表する作曲家リヒャルト・シュトラウスをはじめ、アルトゥール・ニキシュやフリッツ・ライナーといった、時代の潮流をリードした著名な指揮者たちが指揮台に立ち、オーケストラと共に歴史的な演奏を残しています。また、ハンガリー出身で後に世界的な指揮者となったゲオルク・ショルティも、キャリアの初期にこの歌劇場でデビューを飾り、その才能を開花させました。

歴代の音楽監督や首席指揮者にも、エルンスト・フォン・ドホナーニ（ドホナーニ・エルネー）、フェレンツ・フリッチャイ、ヤーノシュ・フェレンチク、アンドラーシュ・コローディ、リコ・サッカーニ、アダム・フィッシャーといった、ハンガリー国内外の著名な音楽家たちが名を連ねており、オーケストラの芸術水準の維持・向上に貢献してきました。

活動と録音

ハンガリー国立歌劇場管弦楽団として、年間を通じて数多くのオペラやバレエの公演を支える基盤であり続ける一方で、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団として、定期的なコンサートシリーズを通じてシンフォニー音楽の演奏にも精力的に取り組んでいます。

録音活動も活発に行っており、ハンガリーを代表する作曲家であるコダーイ・ゾルターンの自作自演集や、ヤーノシュ・フェレンチク、アンドラーシュ・コローディといった指揮者によるバルトーク・ベーラの作品集などは、オーケストラの重要なレコーディングとして広く知られています。これらの録音は、ハンガリー音楽の普及において大きな役割を果たしました。

さらに、彼らの活動はクラシック音楽の分野に留まらず、ハリウッド映画のサウンドトラックの演奏にも携わった経験があります。具体的には、日本を舞台にした歴史アクション映画「兜 KABUTO」（原題“Shogun Mayeda”、1992年）、カルト的な人気を誇るSFアクション映画「チェリー2000」（原題“Cherry 2000”、1987年）、コメディ映画「Sour Grapes」（1998年）、そして「Nail Polish」（2006年）といった作品で、その多様な演奏技術を披露しています。

歴代のリーダーたち

オーケストラの芸術的な方向性を定めてきた歴代の音楽監督および首席指揮者のリストは以下の通りです。

1835–1871: フェレンツ・エルケル
1875–1900: シャーンドル・エルケル
1900–1918: フェレンツ・エルケル
1919–1944: ドホナーニ・エルネー (エルンスト・フォン・ドホナーニ)
1960–1967: ヤーノシュ・フェレンチク
1967–1986: アンドラーシュ・コローディ
1989–1994: エーリッヒ・ベルゲル
1997–2005: リコ・サッカーニ
2011–2014: ジェルジ・ジョーリヴァーニ＝ラート
2014– 現在: ピンカス・スタインバーグ

160年以上にわたる輝かしい歴史を持つブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団は、ハンガリー国立歌劇場の中心として、また独立したコンサート団体として、その伝統と革新を融合させながら、今後も世界の音楽シーンにおいて重要な存在であり続けることでしょう。

もう一度検索