ブラック・ホーク戦争

ブラック・ホーク戦争：アメリカの領土拡大と先住民の抵抗

ブラック・ホーク戦争は、1832年にアメリカ合衆国が、北西部に居住していた先住民部族の領土を奪い、植民地化するために行った、インディアン戦争（民族浄化）です。この戦争は、領土を奪われたソーク族が、アメリカ合衆国に対して反旗を翻したことから始まりました。

戦争の概要

ソーク族の抵抗は、同じ境遇にあったフォックス族やキカプー族の共感を呼び、各地で戦闘が繰り広げられました。ソーク族の酋長であるブラック・ホークが、部族の交渉役として前面に立ったことから、「ブラック・ホーク戦争」と呼ばれるようになりました。しかし、実際には、約2ヶ月半にわたる戦闘は、小競り合いの繰り返しであり、最終的には先住民に対する民族浄化という結末を迎えました。

アメリカ軍は、イリノイ州およびミシガン準州（現在のウィスコンシン州）の民兵が主体となって、先住民の弾圧を行いました。この戦争は、アメリカ合衆国の領土拡大の歴史における、暗い一面を浮き彫りにしています。

戦争の背景

領土を追われた先住民

アメリカ合衆国が独立する以前から、イギリスとフランスはミシシッピ川の西側へと、多くの先住民を追いやっていました。ソーク族とフォックス族も、武力によって領土を追われた先住民部族の一つでした。

フォックス戦争の後、ソーク族とフォックス族は、五大湖やデトロイト周辺からさらに西へと移動し、ウィスコンシン川からイリノイ川、ミズーリ川の北に集落を作り、そこを新たな領土としました。ソーク族の中心集落「ソークヌク」は、18世紀半ばには既に存在していました。ブラック・ホーク酋長は1767年にソークヌクで生まれ、生涯の大半をそこで過ごしました。

アメリカ合衆国の領土拡大政策

アメリカ合衆国が独立した後、東部沿岸に沿って入植が進められていましたが、五大湖以西への入植は遅れていました。しかし、1804年、インディアナ準州知事のウィリアム・ハリソンは、領土を拡大するために、ソーク族とフォックス族の酋長たちとセントルイスで条約交渉を行いました。このセントルイス条約によって、ミシシッピ川の東側の土地を、年間2,234.50ドル相当の「贈り物」と、毎年1,000ドル相当の「贈り物」と引き換えに譲り受けました。

この条約には、友好関係と平和を促進する条項や、交易と保護の保証も謳われていました。また、先住民は土地の測量が終わり、アメリカ合衆国政府に正式に売却されるまで、その地に留まることを許されていました。しかし、先住民には土地を売り買いするという文化がなく、白人側の思惑通りに条約が理解されていたかどうかは疑わしいです。先住民側からすれば、これは「白人が贈り物をして和平を結びに来た」という認識であり、白人側からすれば「贈り物をしたのだから永久に出て行け」という認識でした。

紛争の激化

その後20年間は平穏に過ぎましたが、1828年になると、合衆国がこの地の測量を始めたことで、状況が一変しました。インディアン監理官のトーマス・フォーサイスは、先住民に対して「この地から永久に立ち退いて欲しい」と要求しました。この要求に先住民は驚き、激怒し、これがブラック・ホーク戦争の引き金となりました。紛争の根本的な原因は、1804年のセントルイス条約に起因する土地を巡る論争でした。

双方の誤解

指導者としての誤解

紛争の根本には、白人側がブラック・ホーク酋長を「指導者」だと誤解していたことがありました。白人たちは、ブラック・ホークと条約を結べば、ソーク族もフォックス族もこれに従うだろうと考えていました。しかし、先住民の社会は基本的に合議制であり、ブラック・ホークは部族の合議の調停役として交渉役を引き受けていたに過ぎません。そのため、調停役が白人と取り決めたとしても、部族全体がその方針に拘束されるわけではありませんでした。先住民にとって、それはあくまでブラック・ホークと白人の個人的な取り決めに過ぎませんでした。

土地に対する文化的な違い

白人の要求は、ブラック・ホークや部族内で論争を巻き起こしました。部族の同意がないまま、ブラック・ホークと条約を結んだことで、白人側は部族全体の了解を得たと思い込んでいました。また、部族を代表して土地を売り渡す権限を持つ者など、先住民社会には存在しませんでした。

ブラック・ホークは、米英戦争後に「1804年条約」を再確認する「1816年5月の条約」に署名しましたが、後に「知らなかった」と抗議しました。これは、彼が単なる調停役であり、「部族の全権を委任された代表」ではなかったからです。そのため、白人が彼に負わせようとした責任は、理不尽なものでした。さらに、ブラック・ホークとソーク族のケオククとの間に対立関係も生じていました。

戦争の経過

戦争に関わった人々

イリノイ州では、入植者の人口が急増し、1830年には15万人に達していました。1825年には、13名のソーク族と6名のフォックス族が、1804年条約を再確認する同意書に署名しましたが、白人側はこれを部族の公認と解釈しました。1828年には、アメリカ合衆国政府の連絡窓口であるトマス・フォーサイスが、先住民に対してミシシッピ川以東の集落を明け渡すよう通告しました。1830年7月15日には、ソーク族とフォックス族との間で、10万7千平方キロメートルの土地をアメリカ合衆国政府に譲渡するという条約が締結されました。この条約には、ケオククが署名しましたが、部族民全体の同意とは無関係でした。

戦闘の開始

1832年4月16日、イリノイ州知事は、ブラック・ホークたちソーク族の一派をイリノイから追い出すために、志願兵を北へ向かわせました。イリノイ州民兵9,000名が、アメリカ軍の主要な構成員となりました。5月9日、ブラック・ホークの追跡が開始され、これがブラック・ホーク戦争の最初の戦闘となりました。

スティルマンズ・ランの戦い

最初の戦闘後、幾つかの小競り合いや「虐殺」が続きました。5月14日には、スティルマンズ・ランの戦いで、ブラック・ホークの部隊が予想外の勝利を収めました。民兵隊は275名以上いましたが、結束がすぐに崩れ、大敗を喫しました。この襲撃で、11名の民兵が戦死しました。

その後の戦闘

スティルマンズ・ランでの敗北後、白人の間で恐怖が広がり、民兵隊はブラック・ホークの部隊を捜索しました。5月19日には、バッファロー・グラブの急襲があり、6名の特殊任務部隊が待ち伏せされました。同月には、インディアン・クリークの虐殺が起こり、ポタワトミ族の戦士が白人入植者を襲撃し、15名の男女子供が殺害されました。さらに、セント・ブレインの虐殺では、アメリカ合衆国インディアン管理官とその仲間が殺害されました。6月には、ブルーマウンズ砦やスパッフォード農園で、戦闘や虐殺が起こりました。その後、ホースシュー・ベンドの戦いでアメリカ軍が初めて勝利を収め、ワッダムズ・グラブの戦い、アップル川砦の戦い、ケロッグズ・グラブの戦いなど、激しい戦闘が繰り広げられました。

ウィスコンシン・ハイツの戦い

7月21日、ウィスコンシン・ハイツの戦いで、ブラック・ホークの部隊は大きな打撃を受けました。多くの者が溺死するなど、70名以上の損害を出しました。しかし、部隊の大部分はウィスコンシン川を越えて逃げ延びました。

バッドアクスの戦い

8月1日から2日にかけて、バッドアクスの戦いが起こり、アメリカ軍は蒸気船の戦闘艦も投入しました。2日間にわたる戦闘で、150名以上の先住民が虐殺され、ブラック・ホークが捕虜となったことで、ブラック・ホーク戦争は終結しました。

戦争の結果

軍事的な結果

ブラック・ホーク戦争では、70名の白人入植者とアメリカ軍の兵士、そして数百人のソーク族の戦士が命を落としました。また、ウィンフィールド・スコット将軍の救援部隊では、数百名がコレラによって死亡しました。この戦争の結果、イリノイ州、アイオワ州、ウィスコンシン州での先住民による攻撃の不安は解消されました。

政治的な結果

後のアメリカ合衆国大統領となるエイブラハム・リンカーンは、ブラック・ホーク戦争に民兵として従軍しましたが、実戦には遭遇しませんでした。ザカリー・テイラーもアトキンソン将軍の下で部隊を指揮しました。また、南軍の大統領となったジェファーソン・デイヴィスは、降伏したブラック・ホークたちを護送しました。この戦争は、アメリカ合衆国の政治家としてのキャリアを築く上で、重要な役割を果たしました。

ブラック・ホーク戦争は、先住民に対する民族浄化の一例であり、アメリカ合衆国の領土拡大の歴史における暗い一面を浮き彫りにしています。また、異なる文化を持つ人々が、土地や文化、社会構造を理解し合うことの難しさを示すものでもあります。

戦争の責任と記憶

ブラック・ホークは、調停役でありながら、戦争の責任者にされ、「ブラック・ホーク戦争」と名付けられました。しかし、実際には、この戦争は、ソーク族、フォックス族、キカプー族など、領土を奪われた多くの先住民部族が、それぞれの目的と意思を持って戦った戦争でした。この戦争の後、ソーク族とフォックス族は、ミシシッピ以東の領土を永久に失うこととなりました。

ブラック・ホーク戦争は、アメリカ史における先住民との複雑な関係を示す重要な出来事です。この戦争を深く理解することは、現代社会における人種問題や土地問題について考える上で、貴重な教訓を与えてくれるでしょう。

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