プリペアド・ピアノ

プリペアド・ピアノ（prepared piano）

プリペアド・ピアノとは、グランドピアノの弦にゴム、金属、木などの様々な素材を挟み込んだり、乗せたりすることで、音色を変化させたものを指します。この「プリペア（準備）」と呼ばれる作業によって、ピアノ本来の響きは変容し、金属的な打撃音、雑音を伴う不確定な音、あるいは特定の高さを持たないノイズのような、打楽器に近い響きが生まれます。多くの場合、弦に異物を加えることで、その音の高さも不明瞭になったり、本来の音高とは異なる音として響いたりします。

このプリペアド・ピアノは、単に手を加えたピアノというよりは、それ自体が一つの独立した楽器として捉えられることが多いです。ただし、ごく少数の弦にのみプリペアを施した場合などは、その区別は曖昧になることもあります。

大きな利点として、一台のピアノに比較的安価な素材でプリペアを行うだけで、多様な音色を持つ打楽器群を用いたかのような効果が得られる点が挙げられます。この特性から、現代音楽の分野では広く認知され、重要な表現手段の一つとなっています。なお、弦が鉛直方向に張られているアップライトピアノでのプリペアは構造上難しく、一般的ではありません。

歴史

プリペアド・ピアノという概念を体系化し、主要な楽器として確立したのは、アメリカの作曲家ジョン・ケージです。彼は1940年、舞踊家シヴィラ・フォートからの委嘱を受け、ダンス作品のための音楽を作曲する際にこの方法を「発明」しました。当初、ケージは打楽器アンサンブルの使用を考えていましたが、公演場所のスペースが限られていたため断念せざるを得ませんでした。そこで、一台のピアノで打楽器的な表現を代替する手段として考案されたのが、弦に異物を加えるという発想でした。この時に作曲された最初のプリペアド・ピアノ作品が『バッカスの祭』です。

ただし、鍵盤を弾く以外の方法でピアノから音を得る試み自体は、ケージ以前にも存在していました。例えば、ケージの師の一人であるヘンリー・カウエルは、1910年代から弦を直接指で弾いたり擦ったりする「内部奏法」の作品を発表しています。パーシー・グレインジャーの1916年の作品では、ピアノの弦をばちで叩く技法が用いられています。また、トルコのメフテル音楽を模倣するために、古くからピアノの弦に紙を挟むことも行われていました。フランスの作曲家エリック・サティは1913年の劇付随音楽『メドゥーサの罠』でこの技法を使用しています。モーリス・ドラージュは、1915年に初演されたインド音楽に基づく作品を記譜する際、タブラなどのインド楽器をピアノで模倣するために、特定の弦を厚紙でミュートするよう指示しました。さらに、モーリス・ラヴェルは1925年初演のオペラ『子供と魔法』でリュテアルという特殊な装置付きピアノを指定していますが、それが利用できない場合はアップライトピアノの弦に紙を挟むことで代用可能としています。ブラジルの作曲家エイトル・ヴィラ＝ロボスも、1925年の『ショーロス第8番』で同様の手法を取り入れています。

これらの先行例がある中で、ケージはプリペアを特定の音色を得るための断片的な手段ではなく、楽器全体を変容させるための包括的な方法として発展させました。

準備と演奏

プリペアド・ピアノを演奏するには、事前の準備（プリペア）が不可欠です。どのような素材（ゴム、金属、木片、ねじ、ボルトなど）を、ピアノのどの弦のどの位置に、どの程度の量や強さで加えるかといった指示は、演奏する楽曲の楽譜に詳細に記されているのが一般的です。使用される素材は安価なものが多いですが、その規格は国によって異なるため、同じものを入手するのが難しい場合もあります。

グランドピアノの構造では、低音域を除き通常、1つの音につき3本の同じ高さの弦が張られています。プリペア作業は、この3本1組の弦に対して行われ、安定的に異物を挟んだり、乗せたり、巻きつけたりすることが可能です。

標準的なピアノは88鍵ですが、プリペアが必要なのは、実際に楽曲で使用される音に対応する鍵盤のみです。ただし、曲によっては通常のピアノの音色を一切使用しない場合があり、その際に演奏者が誤ってプリペアされていない鍵盤を弾いてしまうと非常に不自然な音が鳴るため、使用しない音に対しても見かけ上のプリペアを施しておくことがあります。これらの準備作業には、通常数時間かかるのが一般的です。

そのため、コンサートで複数のプリペアド・ピアノ作品を演奏する場合、それぞれの楽曲のプリペアに対応したピアノを曲数分用意する必要が生じることがあります。演奏自体は、基本的に通常のピアノと同様に鍵盤を弾いて行いますが、現代曲で用いられることのある内部奏法（弦を直接操作する）が併用されることもあります。プリペアされる音の数は楽曲によって大きく異なり、全ての音がプリペアされている作品から、数音のみをプリペアし、残りは通常のピアノとして使用する作品まで様々です。

プリペアを施したピアノは、異物を取り除いた後も調律が狂ってしまう可能性が高いため、ライブハウスなどの共用ピアノでの使用を禁止している会場も存在します。使用を検討する際は、事前に会場管理者に確認することが重要です。

主な作品

ジョン・ケージの代表的なプリペアド・ピアノ作品としては、発明のきっかけとなった『バッカスの祭り』（1938年）、『危険な夜』（1943年）、そしてこの分野における最も重要な作品とされる『プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード』（1946-48年）、『プリペアド・ピアノと室内管弦楽のための協奏曲』（1951年）などがあります。

ケージ以外の作曲家による例としては、アルフレート・シュニトケの『合奏協奏曲第1番』（1977年）や、アルヴォ・ペルトの『タブラ・ラサ』（1977年）の一部にプリペアド・ピアノが用いられています。また、ドイツの実験音楽家ハウシュカ（Hauschka）は、その活動の多くでプリペアド・ピアノを使用しており、現代における主要な演奏家・作曲家の一人として知られています。

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