プログレスM1-5

プログレスM1-5は、2001年3月にソビエト連邦時代から長らく運用されてきた宇宙ステーション「ミール」を、その軌道から意図的に離脱させ、地球の大気圏へ再突入させるために使用されたロシア連邦の無人補給宇宙船です。ミールは、その15年に及ぶ運用期間を経て老朽化が著しく、制御を失った場合の自然落下が懸念されており、万が一、人口密集地帯に大型の破片が落下するリスクを回避するため、ロシア航空宇宙局（Rosaviakosmos）主導のもと、計画的な処分が決定されました。プログレスM1-5は、このミッションにおいて、ミールを目標地点へ正確に誘導するための推進力供給という重要な役割を担いました。

ミール宇宙ステーションの歴史と終焉

ミールは、ソビエト連邦が開発した7番目で最後の有人宇宙ステーションであり、複数のモジュールを軌道上で結合して建設された初の本格的な組み立て式ステーションです。中核となるコアモジュールは1986年に打ち上げられ、その後1987年から1996年にかけて追加された5機のモジュールと、アメリカのスペースシャトルが運んだドッキングモジュールによって構成が完成しました。ソビエト連邦崩壊後はロシア政府および新設されたRosaviakosmosが運用を引き継ぎ、28次にわたる長期滞在ミッションを支援し、多くのソユーズ宇宙船やスペースシャトル、そして64機もの無人プログレス補給機がミールを訪れました。合計で125人の宇宙飛行士が滞在し、75回の船外活動が実施されています。

1995年から1998年にかけては、国際宇宙ステーション（ISS）建設への準備段階として、シャトル・ミール計画のもとアメリカのスペースシャトルが頻繁にミールを訪れました。しかし、1998年にISSの建設が始まると、ロシアの宇宙開発リソースは二つのステーションに分散されることになります。2000年には、ミールの商業利用を目的としたソユーズTM-30ミッションがミールコープとの協力で実施される計画が進められましたが、これは最終的に立ち消えとなりました。ロシア政府がミールコープの財政能力に懸念を示したことが影響し、Rosaviakosmosはミールの継続運用資金確保を困難と判断しました。

このような状況の中、2000年11月、Rosaviakosmosはミールを軌道から離脱させて廃棄する方針を決定し、翌月にはロシア連邦政府議長ミハイル・カシヤノフが実行命令に署名しました。当時、ミールは設計寿命を大幅に超過しており、Rosaviakosmos長官ユーリ・コプテフは「システムのどこがいつ故障してもおかしくない」と述べるほど、その老朽化は深刻でした。1979年のスカイラブや1991年のサリュート7号のような制御不能な形での落下を避け、機能が維持されているうちに確実に軌道離脱を実行することが最善と判断されたのです。特に、ミールはそれまでに大気圏へ再突入した宇宙機の中で最大級であり、ドッキング機構やジャイロダインといった大型部品が燃え残って地上に到達する可能性が懸念されていました。

最終ミッション遂行

ミールの軌道離脱という最終任務に選ばれたのは、本来はISSまたはミールへの物資・燃料補給のために製造されたプログレスM1-5でした。このミッションは、その性質から非公式に「霊柩車（Hearse）」という愛称で呼ばれることになります。この宇宙船はプログレス-M1型（11F615A55）の254番機にあたります。ミールの落下目標地点として選ばれたのは、過去にも複数のサリュート宇宙ステーションが落とされた実績のある南太平洋上の無人地域で、通称「宇宙機の墓場（Spacecraft Cemetery）」として知られています。

プログレスM1-5は、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地からソユーズ-Uロケットに搭載され、打ち上げられました。当初は2001年1月16日に予定されていましたが、ミール本体の搭載コンピューターに問題が発生したため、打ち上げ準備は一時中断され、スケジュールは延期されました。最終的に、コンピューターの復旧と関連システムの再起動のための時間を経て、1月24日に打ち上げは成功しました。通常2日ほどでミールに到達するプログレスですが、燃料を温存し軌道離脱噴射に備えるため、M1-5は3日間かけてミールに接近し、1月27日にミールのクバント1モジュールの後部ポートへのドッキングを完了しました。M1-5の到着直前まで同じポートを使用していたプログレスM-43は、M1-5のドッキング成功を確認した後に軌道を離脱しています。

ドッキング後、プログレスM1-5はミールの軌道離脱操作が実行されるまでの約2ヶ月間、ミールと結合した状態を維持しました。この待機期間は、ドッキング時にミールがまだ比較的高い安定軌道にあったことから、自然な軌道減衰による高度低下を待つことで、軌道離脱に必要なプログレス側の燃料消費を抑えるために設定されました。管制当局は、ミールの高度が約250kmに達するまで軌道離脱制御の開始を待つ方針でした。また、ロシアの宇宙企業RKKエネルギアは、ミールのコアモジュール打ち上げ15周年である2月19日以降に最終操作を行うことを望んだとも伝えられています。

ミールはドッキング後、徐々に高度を下げていきました。高度制御システムは、燃料節約のためジャイロスコープを使用せず、ステーション自体を回転させることで安定を保つ方法が採用されました。この回転状態は、軌道離脱操作の開始まで維持されました。当初、3月9日から数日中に高度250kmに達すると予測されていましたが、実際の高度低下率は予想よりやや遅かったため、3月7日には軌道離脱噴射の開始をさらに遅らせ、高度が約220kmになるまで自然降下を待つことが決定されました。これは、万が一のシステム異常発生時により多くの燃料を残しておくことで、制御の選択肢を広げるための措置でした。外部からの介入がなければ、ミールは3月28日ごろに自然に大気圏に突入すると予測されていました。

3月12日、ミールの搭載コンピューターが軌道離脱に向け再起動され、翌13日には制御システムも起動されました。当初3月22日に軌道離脱操作を開始すると発表されましたが、高度低下率が予想より低かったため、さらに1日延期され、最初の軌道離脱噴射は3月23日0時31分（GMT）に設定されました。

制御された落下と再突入

プログレスM1-5は、ミールの軌道離脱操作のために2678kgもの燃料を搭載していました。軌道離脱は、3月23日に計3回の噴射によって実行されました。最初の2回はドッキングおよび高度制御用の小型スラスターが、3回目はメインエンジンとスラスターが併用されました。最初の噴射は0時32分28秒（GMT）から約21.5分間行われ、ミールは近地点188km、遠地点219kmの軌道へと移行しました。2度目の噴射は2時24分（GMT）から24分間行われ、軌道は近地点158km、遠地点216kmとなりました。そして、最終噴射は5時7分36秒に開始されました。当初約20分間の予定でしたが、飛行管制は予定通り目標地点に落下させるため、燃料が枯渇するまでプログレスに噴射を継続させました。ミールからの最後の信号は5時30分（GMT）に受信され、その後、地上局の追跡範囲外へと姿を消しました。

ドッキングした状態のプログレスM1-5と共に、ミールは5時44分（GMT）に南太平洋上で大気圏に再突入しました。5時52分ごろには崩壊が始まり、最初にソーラーパネルが分離し、続いて他の外部構造が剥がれていきました。モジュールは完全に分解される前に屈曲し、燃え残った破片は6時ちょうど（GMT）ごろ、南緯47度、西経140度付近の海上に計画通り落下しました。5時59分24秒（GMT）には、ミールが「消滅した」という公式発表が行われました。ミールの最終追跡は、クワジャリン環礁にあるアメリカ合衆国陸軍基地の協力を得て行われました。また、欧州宇宙機関やドイツ連邦国防省、アメリカ航空宇宙局も最終軌道と再突入時の追跡を支援しました。

周到な緊急時対応計画と各国の反応

ミッションの確実性を高めるため、綿密な緊急時対応計画が準備されていました。プログレスM1-5には自動ドッキングシステムの他に手動操作が必要なバックアップシステムが搭載されていましたが、ミールが無人であるため、手動操作が必要となった場合やドッキング中に問題が発生した場合に備え、有人ソユーズ宇宙船（ソユーズTM-32）がミールへの飛行に向けて待機状態に置かれました。これは、ミール本体の飛行制御系が故障した場合にも備えた措置でした。当初、ベテラン宇宙飛行士がクルー候補とされていましたが、後にISS「ズヴェズダ」モジュールのドッキング失敗時に備えた緊急ミッション訓練を受けていたゲンナジー・パダルカとニコライ・ブダーリンに変更されました。仮に有人ミッションが必要となった場合、軌道離脱の開始はソユーズがミールを離れ、搭乗クルーが地球へ帰還するまで待つ計画でした。また、プログレスM1-5打ち上げ前にミールから離脱し、軌道上に待機していたプログレスM-43も、M1-5がドッキングできなかった場合の代替として、ミールへの再ドッキングや、後着するソユーズクルーへの補給支援を行う役割を担っていました。

ミールの運用終了と軌道離脱の決定は、ロシア国内を中心に様々な反応を呼び起こしました。一部の宇宙飛行士はミール喪失への寂しさを表明しつつも、ISSへの注力を優先する決定には理解を示しました。一方で、政界からは強い批判も上がりました。自由民主党は軌道離脱阻止を決議し、共産党のゲンナジー・ジュガーノフは政府の対応を厳しく非難しました。ミール存続を求める抗議運動も行われました。イランがミール購入を提案するなど、海外からも関心が寄せられましたが、交渉成立には至りませんでした。

RosaviakosmosとRKKエネルギアは、システムの実態から安全な運用継続は不可能であり、延命措置は制御喪失という壊滅的な結果を招く可能性があると、公開書簡で決定の正当性を説明しました。アメリカ合衆国政府は、ミールへのリソースがISS建設に集中できることから軌道離脱決定を歓迎しました。しかし、宇宙フロンティア財団（SFF）のような団体は、ISSのためにミールが「強引に押しつぶされた」と批判し、ミール維持や高軌道への待避を訴える運動を展開していました。

安全対策として、Rosaviakosmosは約2億米ドルの保険をかけていました。破片が地上に到達するリスクは約3%と見積もられ、目標地点周辺の国々、例えばニュージーランドやオーストラリアは監視体制を整えました。日本の防衛庁長官が渡航を延期したり、沖縄の住民に屋内待機が呼びかけられるなど、再突入への警戒も見られました。タコベルが太平洋上に巨大な標的を設置し、破片が当たればタコス無料券を提供するというユニークなプロモーションを行った一方、ミールファンが航空機をチャーターして観測を行うなど、この歴史的な出来事に対する様々な関心が示されました。

プログレスM1-5によるミールの軌道離脱は、ソビエト連邦時代から続く宇宙開発の象徴の一つに幕を下ろす重要なミッションとなりました。綿密な計画と準備により、懸念された人口密集地への破片落下といった事故は回避され、ミールはその役割を終えました。

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