プーラナ・カッサパ

プーラナ・カッサパ：古代インドの道徳否定論者

プーラナ・カッサパ（Pūrana Kassapa）は、古代インドに実在した六師外道の一人であり、その特異な道徳否定論によって知られています。バラモン階級の姓である迦葉を名乗り、不蘭という名は「満」と訳される彼の実名でした。奴隷の身分から身を立て、裸の行者として活動したという説もあります。

彼の生涯については断片的な情報しか残されていませんが、仏典には釈迦と対立した外道の一人として登場します。南伝仏典『Dhammapada Atthakatha』では、釈迦が舎衛城で神変力を示した際、プーラナ・カッサパが自殺したと記されています。また、別の文献では、舎利弗と目連が地獄で彼に会ったという記述も見られます。これらの記述は、彼が釈迦の教えに反対し、激しい対立関係にあったことを示唆しています。

プーラナ・カッサパの思想の中核は、霊魂の不生不滅という概念にあります。彼は、人間の行為が善悪に影響を与えないと主張しました。たとえ殺人を犯したり、盗みを働いたりしても、それは魂に影響を及ぼさず、同様に善行を積んでも魂に何の変化も及ぼさない、というのです。これは、仏教の業報思想を完全に否定するものでした。

彼の思想はアキリヤヴァーダ（akiriyavâda、非業論）と呼ばれ、道徳の無意味さを説くものでした。永遠の魂を持つ人間は、どのような行為をしても、その魂の存在に影響を与えることはないという主張です。これは、因果応報の考え方を根本から覆す、非常に過激な思想でした。仏教では、このような考え方は「邪見」として批判されました。

プーラナ・カッサパの主張は、現代の倫理観から見ると極めて異質なものです。しかし、彼の思想は、古代インドにおける多様な思想潮流の一端を示しており、仏教の成立と発展を考える上で重要な位置を占めています。彼の考え方は、仏教がどのようにして他の思想と対峙し、独自の体系を構築していったのかを知る上で貴重な手がかりとなります。

プーラナ・カッサパの生涯と思想は、断片的な情報しか残されていないため、完全な理解は困難です。しかし、残された文献を注意深く分析することで、古代インドの思想的多様性と、仏教成立当時の宗教的・哲学的状況を垣間見ることができます。彼の存在は、単なる異端者としてではなく、仏教という宗教がどのようにして確立されたのかを知るための重要なピースとして、歴史に刻まれています。

彼の思想が後世に与えた影響は直接的には確認できませんが、仏教が他の思想とどのように対峙し、独自の体系を構築していったのかを考える上で、重要な役割を担っていると言えるでしょう。プーラナ・カッサパの思想は、当時の人々の世界観や倫理観を理解する上で重要な資料であり、現代の私たちにとっても、多様な価値観を考える上で示唆に富むものです。

参考文献

山崎元一　「仏教興起時代の思想家たち」『人物世界史4 東洋編（南アジア、東南アジア、西アジア、アフリカ）』　山川出版社、1995年7月
辛島昇、前田専学、江島惠教ら監修　『南アジアを知る事典』　平凡社、1992年10月
パーリ[[仏典]]を読む/沙門果経（10）プーラナ・カッサパの教え
インド思想史略説

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