ベニート・ムッソリーニの死

ベニート・ムッソリーニの死：歴史的経緯と論争

本稿では、イタリアのファシスト独裁者、ベニート・ムッソリーニの死に関する経緯とその後の論争について詳細に解説します。1945年4月28日、第二次世界大戦末期にムッソリーニは処刑されましたが、その状況や実行者については、今日に至るまで多くの議論が続いています。

概要

1940年、ムッソリーニはイタリアを第二次世界大戦に参戦させましたが、戦況は悪化の一途を辿りました。1943年には連合国に降伏し、逮捕されるもドイツ軍によって救出されます。その後、ムッソリーニはドイツの傀儡政権であるイタリア社会共和国の指導者となりますが、連合国軍の進攻と国内パルチザンの抵抗に直面します。

1945年4月、連合国軍が北イタリアの防衛線を突破し、パルチザンが蜂起する中、ムッソリーニはミラノからスイスへ逃亡を試みます。しかし、4月27日にコモ湖畔でパルチザンに逮捕され、翌日、愛人のクラーラ・ペタッチと共に処刑されました。

ムッソリーニとペタッチの遺体はミラノのロレート広場に運ばれ、群衆によって侮辱された後、逆さ吊りにされました。ムッソリーニは当初墓標のない状態で埋葬されましたが、後にファシズム支持者によって盗掘され、遺体は数年間秘密裏に保管されました。1957年、故郷プレダッピオのムッソリーニ家の納骨堂に再埋葬されました。現在、この墓廟はネオ・ファシストの巡礼地となっており、命日には集会が開かれています。

戦後、ムッソリーニの死については公式見解への疑問が噴出し、真相を巡る論争が絶えません。実行者や処刑の背景について様々な説が唱えられ、その複雑さはケネディ大統領暗殺事件の陰謀論に匹敵するとも言われています。

処刑までの経緯

背景

1922年に政権を掌握して以来、ムッソリーニはファシスト党の指導者としてイタリアを支配し、1925年以降は独裁者として君臨しました。1940年、第二次世界大戦に参戦しましたが、1943年に連合国軍がシチリア島に上陸すると、イタリアは連合国側に寝返り、ムッソリーニは解任・拘束されました。しかし、ドイツ軍によって救出され、イタリア社会共和国の元首に就任します。

この共和国は、ドイツの傀儡国家として、連合国軍と国内パルチザンの双方からの脅威に晒されました。反ファシストのパルチザンと共和国の間で繰り広げられた激しい抗争は、イタリア内戦として知られています。

連合国軍はイタリア半島を北上し、1944年にはローマ、フィレンツェを陥落させ、年末には北イタリアへの進撃を開始しました。1945年4月、ドイツ軍の防衛線が崩壊すると、イタリア社会共和国の敗北は時間の問題となりました。

逃亡と逮捕

1945年4月中旬以降、ムッソリーニはミラノを拠点としていました。4月末、ドイツ軍の撤退を受け、パルチザンの指導部は北イタリアの主要都市で一斉蜂起を宣言しました。ムッソリーニは、ミラノがパルチザンの影響下にあること、そしてドイツ軍の降伏が目前に迫っていることから、スイスへの逃亡を決意し、4月25日にミラノを離れました。

ムッソリーニは、愛人のクラーラ・ペタッチや共和ファシスト党幹部らと共に、約30台の車列を編成し、ミラノを出発しました。

身柄の拘束

ミラノを離れたムッソリーニ一行は、コモを経由して4月26日にはコモ湖畔のメナッジョに到着しました。4月27日早朝、撤退中のドイツ軍部隊と合流しましたが、午前7時30分頃、ドンゴに近いムッソの路上で、地元パルチザン部隊が設置したバリケードに遭遇し、停止を余儀なくされました。

パルチザンは、車列にイタリア人のファシスト党幹部が同行していることを認識しましたが、ムッソリーニの存在には気づきませんでした。ドイツ軍の通過を許可する見返りとして、車列に同行していたイタリア人全員を引き渡させました。その過程で、ムッソリーニが発見されました。

パルチザン指揮官のウルバーノ・ラッザロは、発見時のムッソリーニの様子を「顔は蝋のように青白く、うつろなまなざしは何も見えていないかのようだった。疲れ切っているのが見てとれたが、恐れている様子はなかった。完全に気力を失っており、精神的に死んでいるように見えた」と述べています。

4月27日午後4時、ムッソリーニはパルチザンによって逮捕され、ドンゴの役所に勾留されました。その後、愛人のペタッチも同様に逮捕され、ドンゴに連れてこられました。車列からは50人以上のファシスト党幹部とその家族が逮捕され、そのうち16人が翌日に即時処刑されました。

処刑命令

ムッソリーニの即時処刑を決定した人物については諸説あります。イタリア共産党書記長のパルミーロ・トリアッティは、逮捕以前に処刑を命令していたと主張しています。一方、ミラノの上級共産党員ルイージ・ロンゴは、パルチザンの軍総司令部から命令が下されたと語っています。

CLNAI（北イタリア国民解放委員会）の代表レオ・ヴァリアーニによれば、処刑の決定はCLNAIを代表するグループによって下されたとのことです。いずれにしても、ロンゴは共産党パルチザンのヴァルテル・アウディージオに対し、処刑命令の遂行を指示しました。

処刑

ムッソリーニとペタッチが死亡した状況については、ヴァルテル・アウディージオの証言が最も信憑性が高いとされています。アウディージオの証言は、アルド・ランプレーディの証言とも大枠で一致しています。

1945年4月28日早朝、アウディージオとランプレーディはミラノを出発し、ドンゴに到着後、地元パルチザンの団長ピエル・ルイジ・ベッリーニ・デッレ・ステッレと会見し、ムッソリーニの引き渡しを取り決めました。アウディージオは「ヴァレリオ大佐」と名乗り、ムッソリーニとペタッチをデ・マリアの農家から引き取り、ジュリーノ・ディ・メッツェグラへと向かいました。

車はベルモンテ荘の入り口で停止し、ムッソリーニとペタッチは車の外に出され、壁の前に立たされました。その後、アウディージオは短機関銃を借り、午後4時10分に2人を射殺しました。

アウディージオの証言とランプレーディの証言にはいくつかの差異が存在します。アウディージオは、ムッソリーニが死の直前に臆病な態度を見せていたと語りますが、ランプレーディはこれを否定しています。また、ランプレーディはムッソリーニの最期の言葉が「心臓を狙え」であったと語っています。

アウディージオの証言は、ラッザロやベッリーニ・デッレ・ステッレを含む他の関係者の証言とも食い違う部分があります。ベッリーニ・デッレ・ステッレは、アウディージオがペタッチを処刑対象としたことに抗議したと証言しています。一方、アウディージオは、ドンゴで「戦争裁判」が開かれ、ムッソリーニとペタッチに死刑が言い渡されたと主張しています。しかし、ラッザロはこのような戦争裁判の開催を否定しています。

その後の経緯

ロレート広場

1945年4月28日夜、ムッソリーニとペタッチの遺体は、処刑された他のファシスト党幹部の遺体と共にミラノに運ばれ、ロレート広場に放置されました。広場に集まった群衆は、遺体に暴行を加え、侮辱しました。その後、遺体はガソリンスタンドの桁から逆さ吊りにされました。

検死

アメリカ軍当局の命令により、遺体は遺体安置所に移送され、検死が行われました。検死報告書では、ムッソリーニは7発から9発の銃弾を受けたとされ、心臓に近い位置の4発が死因とされました。また、脳の標本が採取され、アメリカに送られましたが、梅毒の証拠は見つかりませんでした。ペタッチの検死は一切行われませんでした。

埋葬・盗難被害

ムッソリーニの遺体は、ミラノ北部のムゾッコ墓地に埋葬されましたが、1946年にファシストによって盗掘されました。遺体は16週間にわたって転々と隠し場所を変えられ、最終的にパドヴァの修道院で発見されました。盗掘に関与した人物は逮捕され、ムッソリーニの遺体は11年間修道院に保管されました。

墓廟・命日

1957年、ムッソリーニの遺体は故郷プレダッピオのムッソリーニ家の納骨堂に再埋葬されました。現在、この墓廟はネオ・ファシストの巡礼地となっており、命日には集会が開かれています。

改葬後の出来事

1966年、ムッソリーニの脳組織の標本が未亡人に返還され、墓廟に納められました。2009年には、eBayで脳および血液の標本が売りに出されましたが、すぐに取り下げられました。

戦後の論争

イタリア国外では、ムッソリーニの死についてはアウディージオの説明が広く受け入れられていますが、イタリア国内では真相を巡る論争が絶えません。実行者や処刑の背景について様々な説が唱えられ、その複雑さはケネディ大統領暗殺事件の陰謀論に匹敵するとも言われています。

アウディージオによる証言の受容

1947年まで、ムッソリーニ処刑へのアウディージオの関与は隠匿されていましたが、その後、共産党が公式に認めました。アウディージオは自らの証言を発表し、その内容は著書でも繰り返されています。

しかし、アウディージオの証言には食い違いがあり、誇張が含まれているとの指摘もあります。一部のイタリア人は、アウディージオの証言は共産党によって捏造されたものだと信じています。

1996年、アルド・ランプレーディの証言が公表され、アウディージオの証言と大枠で一致していることが確認されました。これにより、アウディージオの証言の信憑性が高まりました。

ラッザロの主張

パルチザン指揮官のウルバーノ・ラッザロは、アウディージオではなく、ルイージ・ロンゴこそが処刑の実行者であると主張しています。また、ムッソリーニは4月28日の午後4時10分以前に期せずして負傷していたとも主張しています。

英国実行説

イギリスの特殊作戦執行部（SOE）がムッソリーニの死に関与したという主張も存在します。この説では、ウィンストン・チャーチルがムッソリーニ殺害を指示し、両者の秘密協定を隠蔽するために裏工作を行ったとされています。

その他の早期死亡説

ムッソリーニとペタッチは、4月28日の午後4時10分以前に射殺されており、ジュリーノ・ディ・メッツェグラでの処刑は遺体を用いて演出されたものだと主張する人もいます。

その他の説

その他にも、ムッソリーニ銃殺の実行者はルイージ・ロンゴやアレッサンドロ・ペルティーニであったとする説や、ムッソリーニがシアン化物のカプセルを用いて自殺したとする説も存在します。

ムッソリーニの死は、未だ多くの謎に包まれており、その真相解明に向けた議論は今後も続いていくでしょう。

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